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NR
三羽烏
コクーン士官学校。
厳しい競争倍率をくぐり抜け、卒業後は聖府軍士官の道が約束されている、文字通り選良の集団だ。

その志し高き入学式に、新入生のヤーグ・ロッシュはいた。
「早く着きすぎたか」
会場である大講堂に人はまばらだ。その分席次表を見るのも簡単で、自分の席はすぐに見つかった。
隣にひとつ、空いた席が気になる。制帽が置かれており、その持ち主もすでに来場していると知れる。
入試で手応えはあった。ハイスクールまで人並み以上に努力してきたという自負もあった。……だが、首席は自分ではなかった。ジル・ナバート。次席の自分にかなりの点差をつけて合格したという。名前だけでは人となりはわからない。まるで鑑識か何かのように、残された制帽を見つめていた。
「ヤーグ・ロッシュ?」
突然肩を叩かれ、飛び上がった。緩く波打つ茶髪、人懐こそうな濃い青の瞳。
「さっきから何回か声かけたんだけどさ。お前ヤーグ・ロッシュだよな?俺の席隣だと思うんだけど座っていいか」
隣。制帽は被っていない。となると、この男が首席―ジル・ナバートか。見渡せば講堂はほぼ埋まっており、着席していないのはおそらく彼だけだ。
「構わない。気づかなくて失礼した」
「堅苦しいな、もっと気楽に行こうぜ。多分寮も同室だしな」
握手を交わす。この余裕が、自分に欠けているものだろう。
「よろしく頼む」
「ほんと堅い奴」
そう笑って彼は腰を下ろした。何故か帽子が置いてある席ではなくその反対に。
「席が違うぞ」
「いや俺こっち。ちゃんと見てきたもん。ヤーグ・ロッシュの右に俺。アルファベット順だろ」
「は?待てこの席次は、」
そして自分の左隣、帽子の席は。
『静粛に』
スピーカーから教官の声が響いた。
『只今より第86期コクーン士官学校の入学式を開会する。全員起立!』

式は粛々と進んでいく。
『では次に入学生挨拶。代表、ジル・ナバート』
『はい』
柔らかい声。右隣の男子学生から発されたものでは断じてない。
壇上にのぼるその影は、
「女子……!?」
思わず呟く。
「そういや今年の首席は女って聞いたな」
隣に座る元ナバートが言う。
「それをどこから」
「俺結構来たの遅かっただろ?受付の上級生と世間話してて、そこで」
あれ、じゃあそこの空席ってあいつ?てことはこれ席次順?俺3番?やったぜ結構良い線いってるじゃん俺!よーし首席の子に声かけてみっかなーあーでもメガネでちょっとキツめかなーお前どうよロッシュー
途中から元ナバートの話など耳に入らなかった。
敬礼し、挨拶をする姿。金髪、眼鏡とその奥の緑の瞳。彼女がジル・ナバート。式辞を読み上げる声を陶然と聴く。
くるりと講堂を見回す姿。目があったと思う。いやきっとそうだ。彼女の目に留まった、それだけで天にものぼる心地だ。今ならAMPギアなしでもエデン議事堂の一番上まで飛べる。
気がつけば彼女が壇を降りこちらへ近づいてくる。なんだ、一体何が起こっている。
彼女は俺の心中などお構いなしにまっすぐ歩み寄り、
「話をきかないバカな男は嫌いよ」
女子制靴のピンヒールで俺の左足を踏みつけて腰を下ろした。

涙を必死にこらえたその日が、忘れ得ぬ4年間の始まりだった。

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