小説 白い夢(流血注意) やっべえ、こりゃ年貢の納め時かも。 柄にもないことを考える、相当切羽詰まっている証拠だ。 右腕は動かない。通信機は生きているがジャミングにやられて雑音しか出さない。左手一本で引き金は引ける。だが近接戦闘ではどうだ? 「っちょ、」 一瞬気がそれたために足を踏み外し、沢を転がり落ちる。 「最高だぜこの野郎……」 衝撃でマシンガンがどこかへ吹っ飛び、残るは小型銃にナイフ、手榴弾。ついでに左足を捻り、ろくに動くこともできなくなった。 「自決準備万端です、なんて冗談じゃねえよ」 下界からの侵略など絶えて久しいが、ファルシに守られてどれほど安定した社会であっても、不満は存在する。なまじ表面化しにくいため、手に負えないほどの暴発もないではない。 パルムポルム近郊にて大規模テロ発生、テロリスト集団は重火器、手榴弾及び複数の飛空艇を使用。犯行声明によると聖府代表の退陣及び服役中のメンバーの即時解放を要求。 当然それらは叶えられることなく、交渉人による引き延ばしが行われて地元警備軍のバックアップを受け広域即応旅団―騎兵隊が投入された。市街地を狙うテロリストは大多数が制圧されたが、一部残存勢力が都市間に点在するジャングルに逃げ込み、掃討作戦展開。それが予想外の反撃に合っている。おそらく元々はこれが狙いだったのだろう。ジャングルに誘い込んで軍の勢力を削ぎ、同時に市街地テロを行う。目論見は騎兵隊の迅速な出動により失敗に終わった、といきたいところだがリグディはこのざまだ。ジャングル侵入直後、地上を進む警備軍が仕掛けられていた地雷に引っかかり進軍停止。たちの悪い対人地雷のために救助も簡単にはいかず、飛空兵を擁する騎兵隊が呼ばれてかかっているところに襲撃を受けた。散開して進軍していたのが良かったのか悪かったのか。警備軍をできる限り積み込み、地雷を踏んだ兵士以外に重傷者も出ずに撤退させたが最後の哨戒に回ったところエアバイクのエンジンをやられた。結果、騎兵隊だというのに地上を走って逃げ回る羽目になったのだ。 「くたばってられっかっての」 狙いうちにされるのはごめんだ。見通しのよい沢から茂みに這い入る。立ち上る湿気が不快だが、背に腹は代えられない。ガンベルトの短銃を確認する。ないよりましだ。エアバイクを落とされたとき、ついでにかすった右腕の止血もやり直す。指は動くので神経はやられていないが、出血がひどい。固定はするがなかなか上手くいかない。左足も同様だ。適当な応急処置が終われば、もうやることがない。動かずに体力回復に務める、といえば聞こえはいいが情けないことに動けないのが実情だ。携帯食料をかじる。パルムポルムのファルシ、カーバンクルが生産しているというが実に不味い。 「味がないのに飽きるってのはいっそ貴重だよな」 おまけにこれはかなり喉が乾く。幸い目の前は沢で、消毒剤もあり水に不自由はないができる限り生水は飲みたくない。水筒を開ける。 「ぬる、」 ビタミン剤を口に放り込む。今度こそ、待つ以外にすることがなくなった。ドッグタグに仕込まれたGPSを拾うのは騎兵隊が先か、それともテロリストか。 「……アイス食いたいな」 希望と絶望を天秤にかけるほど不毛なことはない。別のことを考える。 意外かもしれないが軍人には甘党が多い。戦場で口にするものといえばぬるいもの、塩辛いもの、苦いものか味のないものばかりで、甘いものなどまずお目にかかれない。冷たいものなどさらにない。この二つを合わせると出てくるのがアイスクリームだ。二番人気は炭酸飲料、特にビール。リグディはアイス派だった。作戦終了後、むさ苦しい男所帯が一斉にアイスをぱくつく姿は妙にかわいらしいものがある。 「チョコチップ、ミント、ストロベリー……ラムレーズンも捨てがたいが定番のバニラも……」 フレーバーを真剣に検討していると辺りが薄暗くなってきたことに気づく。スコールだ。慌てて周囲の枝葉を切り、簡易の屋根を作る。 「ファルシも空気読めよ」 片腕は動かず、ろくに立つこともできないために屋根ができるまでにかなり濡れた。体温が奪われる。 「やっぱアイスじゃなくてコーヒーだな」 出血もあいまってかなり寒い。濡れたことで止血帯が緩み、じりじりと血が流れていく。痛い。寒い。火を起こせたら良いのだがどこに敵が潜んでいるかわからないからそうもいかない。そもそもこの雨で全てが湿っているため火がつきそうにない。 だんだんと意識が朦朧としてくる。多分寝たら死ぬ。 ぐらつく視界を必死に開いていると、雨音を切り裂いてエンジン音が聞こえた。 「お迎えどーも」 天使か、死神か。どちらにせよお迎えには違いない。 「あの人に会えるんなら死神でもいいんだけど、」 銃を構えた。 シュトルフが目の前に止まる。機銃掃射ならすぐ死ねるな。腹をくくったその時、風防が上がった。 「……夢が、叶った?」 呆然と呟く。幻かと思った。 「馬鹿者め」 「え」 怒鳴られた。それだけではなく、どんどん距離を詰められて。 「何が夢だ。私の夢はまだなにも叶っていない」 「夢、じゃない?」 「こんな泥まみれのヒゲ面と語り合うシチュエーションを野望にしてたまるか」 「え、あ、いや、あんたに質問したわけじゃないんですけど。俺の夢の話で」 「知ったことか。お前の夢などいらない」 「いやそれひどくねぇ?」 「お前は」 更に近づく。 「私の副官だ。私が描く夢を見ればいい。ほかの夢など許さない」 恋だとか愛だとか、それだけでこみ上げる感情を呼べるわけがない。 動かない右腕を無理やり上げる。 「イエス、サー」 軍人で良かった。敬礼ですべてを物語る。この人に、この無謀とも言える野望を持つ人についてきて、良かった。自分が必要とされるか、自分が生きているとはどんなことか、常に教えてくれる。 「帰るぞ」 手を差し伸べられる。 「イエス、サー。痛ってぇちょっと引っ張るなよ右多分動脈いってる!」 「飛空艇乗りが操縦桿を握る手を痛めるとは愚かの極みだな」 「それだけかよもっと労れよかわいい副官だろ!」 「馬鹿め」 腕を離されまた砂利に座り込む。今度こそ慌てた。 将官の象徴であるマントが勢いよく破かれる。 「ちょっと、」 「黙っていろ」 右腕と左足と、そのほかにもいい加減になっていた止血をやり直される。 「すみません」 レインズが勢いよく顔を上げた。 「なぜ謝る」 「怒ってるでしょう。すげえ眉間の皺」 「確かに怒りを覚えないわけではないが」 「珍しく素直じゃないですか」 「うるさい。……お前にじゃない」 「え?」 「ここまでお前をボロボロにしたテロリスト共と、奴らをなめてかかり詰めの甘い作戦を決定した私自身にだ」 「……あんたのせいじゃないですよ」 「決めたのは私だ。情報収集が足らず甘い作戦を立てさせることになりお前はこのざまだ……終わった」 言い合ううちに応急処置は終えられた。 「肩貸してください。……帰ったら」 「ああ」 レインズに体重を預け、立ち上がる。 「えげつない作戦、立て直しましょう。このジャングル丸ごと潰す勢いで」 「過激だ。だが、可能だな」 「マジで?半分冗談だったのに」 「先ほどPSICOM経由でエデンから通達が来た。『テロリスト確保が困難な場合当該地域全てを殲滅もやむなし』」 「うわぁ。それ作戦行動前に伝えとく情報でしょ」 「全くだ。それに、この森は―」 「この森?ここ前に来たことあるんですか?」 「いや。目的のためならただ存在するだけの動植物―生命などファルシにとって排除するに何のためらいもないのだな。所詮家畜か」 彼の野望。どこまでも誇り高く、そして優しい。 「それを、変えるのがあんたの夢でしょう。サー」 「……当たり前だ」 顔が上がる。シュトルフの後部座席に投げられる。 「いってえ!」 「飛ばすぞ。リンドブルムまでの辛抱だ」 「ってかあんた隊長なのになんで今ここにいるんですか。指揮どうなってるんです」 「副艦長に任せてきた。一人が欠けた程度で動かない隊など意味がない」 「だからってあんた隊長でしょ!たかがひとりに馬鹿じゃねえの!」 罵りながらも嬉しくてたまらない。 「上官に向かって馬鹿とはなんだ!」 風防が下がり、発進する。 いつのまにかスコールはあがり、夕日とそれを受けてリンドブルムが赤く輝いていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |