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小説

「珍しいですね、私服なんて」
エデンに降りた夜だ。久々の地上にはしゃぐ隊員たちをよそに、隊長である上官は会議に夜会にと体の休まる暇がない。つまりは仕事漬けで、軍服以外の姿を目にすることは極めて稀だ。
リンドブルムのタラップで思わず声をかけた。
「……少し用がある」
振り返ったレインズは、しばらく言いよどんだ後に答えた。
「はっはあ、コレですか。ダークスーツなんか着込んで普段とのギャップにこう、くらっと?」
適当に軽口を叩く。この忙しい上官が、奇跡的に空いた予定に入れるとすれば、もはやそれくらいではなかろうか。言いよどむ理由もばっちりだ。
そのままむきになった返答が来るという予想はまったく外れた。
「舞台だ。お前も来るか」
「え、」
あっさりと答えられたことに驚く。目当ての女優でもいるのか、それにしては表情が硬い。待て、誘われた?
「チケットが余っている。来るなら私服に…軍服でもいい、戦闘服以外に着替えてこい」
「え、あの、ついていっていいんですか。てかドレスコードのある舞台ってどれだけフォーマル」
「来たくなければ構わないが。元々ひとりのつもりだった」
「行きます!連れて行ってください、ダッシュで着替えてきますからここで待っててください!」

上官の服装を思い出し、せめてジャケット程度でなければコードではねられるだろうとクローゼットを探る。しかし普段補給におりても戦闘服のまま過ごしており、必要最低限の私物しか持ち込まないリンドブルムの自室にそんな洒落たものがあるはずがなかった。消去法で軍服に袖を通す。マントが無い分上官よりはましだが、それでも複雑なサスペンダーや剣帯に手を焼き、部屋を飛び出す頃にはかなりの時間が過ぎていた。

「すみません!」
「いや。軍服か」
「服あんま持ってないもんで」
「まあ良かろう。行くぞ」
身を翻す上官の後を慌てて追いかける。マントがなく、濃色の服もあいまって随分と華奢に見えた。

「着いた」
「……セイレーン公園、ですよね。ここ」
エデンの街中で篝火を見る日がくるとは思わなかった。
「あちらの方が見やすいだろうな」
レインズは目当てがあるようで、歩を進めている。公園の入り口でチケットを切られたが、野外に座席があるわけでなく、そもそも舞台がどこにも見当たらない。おとなしくついて行くしかないのだ。
「このあたりか」
「ここ?ってか舞台どこなんですか」
「あのあたり」
指された先、篝火に囲まれた幾分広い空間。なるほどそこだけ人がいない。中央には白木で作られた四阿があった。指されるまでオブジェかと思っていた。
「もう始まる」
見回せば随分と人が増えており、四阿の端には見慣れない衣装の人間が現れていた。

聞き慣れない音楽に薪が爆ぜる音が混ざる。台詞も古語で意味が掴みづらい。だが幽明な気配に圧倒されて、傍らの上官に肩を叩かれるまで舞台を見つめ続けていた。

「……疲れたか?」
「いえ。初めて見たんですけど、なんか凄いなって」
「そうか」
「梅の木が飛ぶってのも不思議な話ですけど、なんかじいちゃんの顔がちらついて。お面かぶってるのに変な話ですね」
「お前の祖父?」
「だいぶ前に死んでますけどね。整備士で、たまに飛空艇に乗せてくれて。多分俺が飛んでるのは……隊長?」
「死者に会えるならお前の目は本物だな」
黒髪の上官が夜に溶ける。篝火に、この時期咲き乱れる花が散りいって焼かれる。あの根元には何が埋まっていると言われたか。
聞いてはいけない。聞きたい。
「あんたは、誰に会えたんですか?」
「……誰かな」
一気に照明がともり、目がついていかずにくらくらした。
「帰ろう。それとも少し飲んでからにするか」
「え、奢りですか、ありがとうございます」
「待て、勝手に話を」
「新しく色々できたあたりに行きたいんですけど」
「割り勘だぞ」
「たまにはいいじゃないですか」

電飾に照らされた上官はどこにも溶けてはいなかった。
逸らされた話に乗りながら、呟きには耳を貸さないふりをした。




私が見えたよ。

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あきゅろす。
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