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小説
グレーゾーン
済まないが、
「もう一度言ってくれるかね。耳が悪くなったかもしれない」
年に似合わぬ童顔で、小首を傾げるなんて仕草も相まって一層幼く見える。
「船医の専門は確か耳鼻科って聞きましたよ。まぁ通じるまで何遍だって言います」
あんたに惚れた。
「……リグディ大尉」
「なんすか」
黒髪の上司は、今度は微動だにせず長い沈黙の後口を開いた。
「騎兵隊は地上任務が少ない」
「そーですね。あんたに拾われて副官になってからまともに地上に降りた回数片手で数えられますよ」
「狭い艦内では人間関係が限られる」
「特に俺は副官だからあんたにべったりですね」
「必要なら休暇の申請を出したまえ。急であっても認めよう」
「返事する気あんのかあんた。いやそもそも俺の話聞いてたのかよ」
「大尉」
「あぁ?」
「ここがどこか言ってみたまえ」
「あんたの執務室」
「君の任務は」
「あんたの副官」
「それなら私の答えはわかるだろう」
「わかりません、サー。将官どころか佐官にもなれない万年尉官の俺にはイエスかノーでおねがいします」
「同部隊内での恋愛は軍規により禁止されている。しかしここは私の旗艦、さらにその執務室だ。他に知る者はいない。だから―」
「……だから?」
「先ほどの発言は、聞かなかったことにする。私は今から耳鼻科を受診する」
そう言って椅子から立ち上がり、出て行こうとする彼の腕を無理に掴んだ。
「離せ」
「嫌です。イエスかノーかまだ聞いてません」
視線が逸れ、溜め息が洩らされる。ああもうきっぱり言われるか、どっかに飛ばされるかのどっちかだろうな。そんな覚悟をしたのに、思い切り胸倉を掴まれて仰天した。近い。
「……お前を手放したくない」
「それはイエス?」
「急くな。頷いた瞬間私はお前を艦から降ろさなければならない」
「じゃあノー?」
「だから焦るな。手放したくない。お前は優秀な副官だ」
「それだけ?」
「私の野望実現に役立つ」
この若い准将の、コクーン体制をひっくり返す無謀とも言える野望。確かに最初はその志に惹かれた。
「それで終わり?」
「終わりと思うならお前は万年尉官だ」
「イエス?」
「単純に喜ぶようならすぐさま兵まで降格のうえ地上勤務に飛ばしてやる」
「じゃあどっち」
「今首を縦に振ることはない。だが」
言葉が切られる。
「私が野望をあきらめたなら、そのときはお前に殺されたい。それくらいにはお前のことを思ってる」
「あんた、」
「お前は私の副官だ。それだけ覚えておけ」
ぐいと襟を引き寄せられる。接触。
「な、」
「前払いだ。…忘れるなよ」
そのまま執務室の扉が開き、閉じて、足音が遠ざかる。
「……忘れられるかっての」
しばらく呆然としてから、顔をはたく。あの人の夢が実現すれば、自分の任務は「副官」ではなくなる。そうなれば晴れて、違う答えが貰える、かもしれないわけで。
「やってやろうじゃねえか」
走り出そう、今とは違う未来へ。


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あきゅろす。
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