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小説
あなたの欠片のひとつまで
空腹だったのだ、とにかく。

非番をいいことに惰眠を貪り続けること丸一日、さすがに空腹を堪えかねて起き上がる。
しかし立ち上がった途端に目眩を覚え座り込んだ。ベッドサイドに手を伸ばし目当てのものを適当に操作する。ほどなくつながり相手の声が聞こえてきた。
『もしもし?どうしたんですか、非番でしょ?』
「……空腹だ」
『はあ?』
「なにか食べたい」
『食べてください、俺に遠慮なく』
「もう動きたくない」
なにやら向こうの様子が変わった。
『ちょっとあんた今どこで何してるんですか』
「自室にいる。……腹が減った」
『ああもう動かなくてもいいから、……ってか動かないでください、今から行くんでロック外しといてくださいね!』
切られた。
実際動く気力など湧いてこないので動けないのだが、果たして5分もしないうちに扉が開いた。

「何やってんですか!」
怒鳴られた。
「いや空腹で」
床に座り込んだまま言葉を返す。
「それはさっき聞きましたけど。あんた昨日から非番でしたよね。いつ食べました、最後に」
いつだろう。夜勤明けだったから、確か。
「……一昨日の夕方」
「何やってんですか!」
怒鳴られた。二度目だ。
「食事してください、今すぐ」
だから空腹だと言ったではないか。しかし自分の不摂生は間違いない。
言い返せない私の内心を読み取ったか、リグディはもう怒鳴らなかった。
「何か食べたいものあります?」
食べたいもの。あまり食にこだわる性質ではない。
「好きなものでも、なんでも」
好きなもの。そういえば適当につけた番組で流れていた、アレは可愛らしかった。
「チョコボ」
「食べられません、いや食えるかもしれねえけど可哀そうだからやめてください。あんた腹減りすぎて全然頭回ってないんで俺が全部決めます。そこのソファでおとなしくしててください」
好きなものを言っただけで非常に馬鹿にされたようなのは気のせいだろうか。

食材と調理器具が転送され、肉の焼ける香りや油の跳ねる音が立ち込める。居住スペースには簡易キッチンが備え付けられていたが、湯を沸かす程度にしか使っていなかったのでまともに使われるのは初めてということになるだろう。
瞬く間に料理を作り上げテーブルに並べた男は湯気の向こうで笑っていた。
「どうぞ」
無心で手と口を動かす。
ようやく人心地ついた頃、ふと顔をあげるとリグディはなにか口ずさみながらボウルをかき混ぜていた。
「……ああ。デザートです。コーヒーどうぞ、まだこっちできるまでもう少しかかるんで」
マグを受け取る。
「機嫌が良さそうだな?」
「ちょっと嬉しいんです」
「先程は怒鳴っていたが」
「そりゃあんたがあんまり自分自身に無関心だから。
……でもねえ、腹減ったからってまず俺のこと一番に呼んでくれたのはなかなか嬉しいことだったんですよ。レトルト転送するんじゃなくてね」
「その手があったか」
「いや、やらないでくださいね。俺呼んでほしいっつったの」
「呼ばれたら嬉しいのか?非番には仕事をしないと宣言していたように思ったが」
「仕事ってかねえ。知ってますか、飯食わないと生きていけないんですよ」
「それくらい知っている」
「じゃあこれは?あんたを作って、あんたを動かしてる。それ全部あんたが食べたものです」
「それは、」
考えたこともなかった。なにかの動力で動いていて、切れたらおしまいだと思っていた。血も肉も、ただそういうものだとしか考えていなかった。
「腹減ったとか、何食おうとか、誰と一緒かとか。全部あんたを作るわけ。だから俺はすげえ嬉しかったんですよ」
そういって茶色の粉を振りかけた皿を手元に滑らせる。
「どうぞ」
甘い香りがするその一品を、作ったものはどんな味がするのかと気になって。
「ちょっ、と」
「……忘れろ!」
最後の一皿をつかみ寝室へ駆け込む。

唇からはチョコレートの味がした。

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