[携帯モード] [URL送信]

小説
珈琲(リグディとライトニング)
「なぁファロン」
「イエス、サー」
上官に声をかけられた。
「敬礼抜きでいいからな。休憩中だし」
これ、と缶飲料を渡され、座っていたベンチの横に陣取られる。
コーヒー系の飲料で、密かにお気に入りなので嬉しい。
「ありがとうございます、リグディ大尉。何かお話でも?」
軽い音をたて蓋を開ける。上官はすでに口をつけている。
「お前何歳?」
「19です。……大尉、場合によってはセクハラで訴えられるのでは?」
軽口を叩く。上官も笑い含みで返す。
「言っちゃヤバい相手はわかるから大丈夫。入隊は18か?」
「はい。ハイスクール卒業と同時に」
「一年ちょっとで一等兵、さらに伍長に昇進か」
「まだ昇進しておりません。この研修を終えて昇格試験にパスしないと」
「合格するさ」
「そうでしょうか」
「近接戦闘の成績、特甲だろ。立案・指揮と機械操作が若干甘いが平均は上回ってる」
疑問型で返したものの自信はあったために、指摘された箇所に歯噛みする。
「立案・指揮と機械操作、ですね。ご指摘ありがとうございます」
リグディ大尉はばりばりと頭を掻く。
「そのへん補うために騎兵隊(うち)に放り込まれたんだとは思うがな。柔軟な作戦展開と警備軍随一の装備です、ってとこだ。ま、自慢は置いといて本題。
士官学校(スクール)、行かねえ?」
「……それは」
「お前の甘さは経験不足に拠るものがほとんどだ。機械系は練習機潰した数で腕が上がるし、一等兵が指揮取ることなんざせいぜい班レベルだろ。あんま無理するなよ」
「……申し訳ありません」
「ヘコますために言ったんじゃないんだけどな。一年じゃ充分良くやってる。飲めよ、冷める」
缶飲料の存在を忘れていた。口をつけると甘さと苦みと、温かさがしみた。
「……で。そのへんまるっと解決してくれるのがスクールだ」
「まるっと」
「まるっと。座学も実技も全部叩き込まれるし、同期は得難い財産だ。給料も出るし、向いてないと思ったら原隊復帰もできる。その場合再入学はできないけどな。一年でこれだけできるんだ、下士官までよりもっと上に行ける。……どうよ、四年間お勉強」
条件を考えるなら文句なしに素晴らしい。上を目指す、ということも心惹かれる。しかし。
「……全寮制、ですね」
「そりゃな。でも長期休暇はあるぜ。俺はほとんどずっと寮にいたけど」
「そんなこともできるんですか」
「だって家帰っても練習機ないしな。あと同期とつるむのが楽しくて。いいぞ同期。いざって時の横の繋がり」
「助けられたことが?」
「……俺の場合痛い目みたことの方が多いかも。PSICOMのナバートとロッシュ、いるだろ」
「はい。お名前だけは」
「あれ同期」
さすがに驚く。若手士官の中で白眉と言われる二人だ。
「会議のたびにナバートと隊長が火花散らすんだよ。で、ロッシュが止めようとするけどあいつそんな口回る方じゃないしお偉方は煽るし俺は尉官で副官兼護衛ってだけだから口出せねえし。ロッシュと胃薬情報交換するのが横の繋がり」
警備軍とPSICOMの対立は深刻なようだが、なんとも泣けてくる会議風景だ。
「……士官になる気が失せてきたような」
「俺の場合は多分特殊!でもちょっとは入る方向にぐらついてきたんだ?」
「上を目指したくないと言ったら嘘になりますが」
「うん」
「妹が、います。まだハイスクールに入ったばかりで。ひとりにするのは心配です」
「そっか。家の事情は大事だな。あれ、お前がここにいるなら今ひとりじゃないか?どうしてるんだ」
「特例で短期間入寮を認めてもらいました」
「なら安心だな。……ま、考えといてくれよ。妹さんがハイスクール卒業したときでもまだ入学制限には引っかからないから」
「イエス、サー」
上官は缶の中身を飲み干し立ち上がる。
自分も残りを飲み終える。
「スクールに行くかも、行ったとしても卒業後の進路はお前の自由だ。でもできればここに戻ってきてほしい」
ついでに言うと下士官のままでも歓迎だ。
じゃ俺休憩終わりだから、とリグディは身を翻した。
部屋を出る際に振り返る。
「待ってるぜ」


――研修前はあまりに長いと思った期間は瞬く間に過ぎて、下士官になって、花火の夜にスクールの推薦状を貰って。
「……準備ができたら出発だ。済んだら俺んとこ来な」
思い思いにハンガーを歩く仲間と、艦の整備に向かうために歩くかつての上官が私とすれ違う。
「……お帰り」

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!