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小説
明日を手放したのは僕だった(12章ネタバレ/リグディ)
馬鹿な。馬鹿な、そんな馬鹿な。

エデンに呼び出しを食らって、あんたひとり議事堂に入って。いつもは副官の俺も同行するのにその日に限って許されなかった。控え室で待っても待ってもあんたは帰ってこなかった。待ちくたびれた俺の前に事務官が現れた。
「失礼、リグディ大尉?」
「俺だけど」
「レインズ准将からご命令です」
「……本人は?」
「お伝えします。本日は大尉おひとりでリンドブルムへ帰艦されますよう」
「はぁ?俺は准将の副官で護衛も兼ねてんだけどそりゃどういうことだ」
「私には解りかねますが、ここはファルシ・エデンのお膝元です。万が一という事態は起きないかと」
「待てよ、万が一ってのは事前に考えられる限り可能性を潰してまわるから万が一にも起きないんだぜ?だいたいあんたは俺の上官じゃねえよ。あの人の口から命令されるまで帰艦なんかしねぇ」
「……命令はお伝えいたしました。これ以上ここにとどまられるおつもりなら」
「PSICOMが預かる」
「ロッシュ」
事務官に続いて現れたのはPSICOM管理官だった。
「レインズ准将はダイスリー代表との会見が長引いていらっしゃる。一旦帰艦し、指示を待つようにとのことだ。……ここはファルシ・エデンのお膝元で、我々PSICOMが警備を担当している。万が一は起こり得ない。准将は責任を持ってお送りする」
「だといいがな。……同期の誼だ、お前の顔を立ててやるよ」
言い捨てて控え室を出る。
背後で事務官が色を変えるのがわかったが、気にせず歩き出す。ロッシュは追いかけてこなかった。

リンドブルムに戻ると俺ひとりであることに皆怪訝な顔をした。
「隊長はデート中。野暮するなって追い返された」
わざとおどけた風を装う。
「どんな美女ですか!」
隊員たちがどっと笑う。
「常にヴェール付きで結婚準備万端の年増」
「うっわ隊長意外な趣味が」
「あのヴェールは年増の焦りですか」
名前は出さずに笑い転げる。
「そんなわけだから今のところ俺ら待機な。絶対マリッジブルーになってしばらく嫁の顔見たくねえってあの人が逃げ帰ってくるまで」
「イエス、サー。でも多分マリッジブルーって嫁さんがなるもんですよ」
「ま、気にすんな」
下士官の肩を叩いた。
……あんたは帰ってこなかった。

翌日になって、艦橋に突然通信が入った。識別コード―PSICOM。
「こちらリンドブルム艦橋、騎兵隊副官リグディ大尉」
「PSICOM管理官、ロッシュだ。これからそちらへ向かう。……通達がある」
「はぁ?おい通達って、うちの隊長どうしてるんだ!」
通信は一方的に切られた。

艦長執務室に現れたロッシュはいつにもまして無表情だった。元々穏やかとは言い難い気分だった俺も一層苛立つ。扉が閉じた瞬間ロッシュは切り出した。
「レインズ准将は騎兵隊隊長を辞任なさる」
「な、」
「聖府より新隊長が任命されるまで、騎兵隊は異例ではあるが副隊長ではなく聖府、PSICOMの指揮下に入る」
「ちょっと…」
「現段階でPSICOMから騎兵隊への指示は、待機。以上だ」
「……どういうことだよ隊長がいきなり辞任って!俺は何も聞いてねえ!だいたいてめえが『責任を持って』あの人送り返すんじゃなかったのかよ!」
ロッシュは使い走りにすぎない。わかっていても、目の前にいる男に叩きつけずにはいられなかった。
「人事についてこれ以上言えることはない。……准将警護に関してはすまないとしか言いようがない。俺も議事堂をかなり揺さぶったが佐官程度ではほとんど何もわからなかった」
ロッシュの一人称が昔に戻っている。
ロッシュは中佐。PSICOM若手管理官の―ナバートが休職したため、筆頭だ。彼が引き出せなかったとなると、尉官にすぎない俺がいたところでなにもできなかっただろう。待て。
「少しは、わかったんだな?」
「遠目だが准将を拝見した」
「それを早く言えよ!」
「はっきりとは見えなかったが」
「ああ」
「あまり顔色は良くなかったが、取り立てて普段とお変わりなかったと思う」
「曖昧だな」
「お前と違って四六時中おそばについたわけではない。……すまない、俺は戻らねばならん。これが辞令だ」
紙きれ一枚を置いて、ロッシュは出て行った。通信で話を済ませ、辞令も転送できるのにわざわざ足を運んだのはあの男なりの誠実さなのだろう。
ロッシュは目が良い。戦闘機乗りの必須条件だ。曖昧とは揶揄したが、彼が見たと言うなら確実だろう。暗殺の線も一瞬考えたがそれはなさそうだ。だとするとこの状況には隊長本人も関わっているわけで。しかし副官の俺には事前に何の連絡もなかった。
「……わけわかんねえよ」

「隊長はしばらくハネムーンだとよ」
隊員に告げる。
「マジですか」
「随分年上好みだったんすね」
「で、お戻りは?」
「いちゃつきたいから期間は未定。お留守番中はPSICOMに面倒見てもらえってさ。要はしばらく待機」
さすがにざわつく。
「将官さまは気紛れでいけねぇよな。真面目な俺らは地道に訓練でもして待機してようぜ」
「大尉が真面目なんて、真面目って言葉が泣きますよ」
「違いねぇ!」
艦橋が笑いに包まれる。漂う不自然さを、誰もが見ない振りをした。

あんたが帰ってくるかわりに、仰々しい勲章を付けたPSICOMのご老体が現れ、後任だとのたまった。穏やかな人物で、悪くはない。さしたる混乱もなく突然就任した、旅団という大規模部隊をまとめた手腕は見事だ。俺はそのまま副官で、引き継ぎ作業に追われて。

明日から待機が解かれ通常任務に復帰だ。エデンもしばらくは見納め。結局隊長は、―レインズ准将は一度もリンドブルムに現れないままだ。あの日議事堂で別れたきり。新隊長のために私物をまとめたが、まだ処分していない。
「どこ、行ったんだよ……」
深夜の居住区を歩きながらひとり呟く。勤務中は任務のことだけを考えていられるが、こうして夜になるとだめだ。転属したなら発表されるし、退役したならしたで軍報に出る。何しろ将官だ。それが全くない。ロッシュとも連絡を取っているが、そちらも手がかりはない。どこに消えたというのか。エデンに私邸を持っていると聞いたことがあるが、自分は知らない。ずっとリンドブルムで一緒だったから、知る必要がなかった。
なすすべがない。このままエデンを離れてあんたを忘れろと、そういうのか。嫌だ。でも他にどうしたらいいのかわからない。軍をやめたらあんたとのつながりは確実に消える。退役して探しに行くなんてできない。このまま遠ざけられて終わりだなんて、
「……寝よう」
自室の前に来ていた。何日も繰り返した問いだ。自分に今できることはない。何も、考えるな。明日も仕事がある。
ロックを解除して、
――言葉を失った。

「遅かったな」
明かりもつけない室内に、上官がいた。
何故今になってここにいる。今までどうしていた。何故、なぜ。
「どうして、」
声がかすれた。それ以上出ない。
「以前お前に無断で入ったときにコードを覚えていた。定期的に変更しないと不用心だぞ」俺が突っ立ってるから、扉は開いたままだ。廊下の常夜灯に照らされて、元々並外れて整った顔立ちが人形のように見える。
「そんなの、俺の勝手です」
突き放した物言いになる。何から言うべきかわからない。
「そうか。もう私の命令を受ける立場でもないしな」
頭に血が上った。
「いきなり…いきなり消えといて何だよ!なんで連絡一つ入れねぇんだ、どうして俺に何も言ってくれなかった、どうして―」
止まらない。数秒前が嘘のようだ。
「どうして、俺を連れて行ってくれなかったんですか……!」
俺はたまたま副官になったんじゃない。あんたがいたから、あんただからついてきたんだ。
息が乱れる。
静かな声が響く。
「私は聖府代表になる」
ぎょっとした。それはあんたが倒すべき存在だ。あんたが語って、俺が信じて、作り上げてきた野望。その撃破するべき目標に、あんたはなるというのか。
白い顔が作り物めいて見える。
「私の後任人事でよく働いてくれた。引き継ぎは迅速だったと聞いている。誇りに思う」
嬉しい。でも嬉しくない。俺の任務はあんたの副官だ。あんたがいない騎兵隊で副官なんて務める意味がない。
「ここに来たのは」
静かに言葉が続けられた。
「いつかの問いに答えるためだ。あの時私は断じてイエスとは言えなかった。だがもうお前は副官ではない」
それほど遠い昔じゃない。俺はあんたに惚れたといって、そしてそれで終わりだった。
「私に惚れたと言っていただろう。そのために来たんだ」
白い手が伸ばされる。いつもは手袋に包まれて日に焼けない、しかし軍刀を扱うために剣胼胝ができた白い手。
副官じゃないと自ら認めることになる。
でももう会うことはきっとない。
その手を離すことに他ならないと知っていて、俺は前に踏み出した。
扉が閉じる音がした。

title:Aコースより


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