虹蛇
8p
榎本はチカチカする蛍光灯を、目を細めて見て、口を開く。
「私、日下部くんを見ているだけで初めは幸せだったけどね、やっぱり一人じゃなくてさ、日下部くんと二人で幸せを感じたかった。私がいることでさ、日下部くんが笑ってくれて、日下部くんが幸せだって思ってくれたらいいなってさ、そう思って。だから付き合いたかった」
榎本が両目をそっと伏せる。
「榎本さんは日下部を、幸せにしたいってこと?」
天谷は切ない色を含む声で榎本に聞く。
榎本は目を開いて真っ直ぐに天谷を見る。
天谷と榎本の時が止まる。それは、永遠では無い。
「うん」
榎本は、はっきりと答えた。
「俺、日下部のこと、そんな風に思ったことない」
そう言う天谷の声は掠れていた。
「いいんじゃないの、ただの友達なら」
榎本が優しい笑顔でそう言う。
天谷は俯いた。
天谷の心の深いところがズキズキと音を鳴らした。
(なんか、痛い)
天谷は胸を押さえる。
刺されたような痛みが天谷を苦しめた。
天谷の口は榎本に「敵わないな」と告げていた。
榎本は微妙な顔で、何故か頷いた。
カフェテリアは休憩に来た学生たちで騒がしかった。
自動販売機で買ったブラックコーヒーを日下部はすでに飲み干していた。
日下部は空になった缶を片手で玩びながら小宮が肝心の話をするのを待っていた。
小宮は少し、おしるこを飲んでは甘いと言って、また缶に口をつけてを繰り返していた。
「この缶のおしるこって、最後にあずきの豆が必ず残るんだよな、なぁんかイライラするわ」
小宮は缶をくるくると振る。
「だよな。確か、あずきを残さずに飲める裏技があったような気がするけど」
日下部は目の前で揺れるおしるこの缶を見ながらのんびりとした口調で言った。
「マジか。ちょっと、それ、思い出してみろよ」
「無理だ。記憶の彼方だよ。スマホ使って調べた方が早い」
「えーっ、思い出せよ」
「無理。めんどくせーよ」
「ははっ、めんどくせーか」
「盛大にめんどくせー」
二人はこうやってしばらくの間、どうでも良いような話を繰り返した。
「……日下部、あのな」
「うん」
「ごめん」
小宮が日下部に小さく頭を下げた。
「うん」
日下部はこくりと頷いた。
「……俺さ、榎本はさ、お前に告っても絶対に振られると思って。お前に振られたら榎本は傷付くじゃん。ならさ、告る前に諦めさせたら良いじゃんって思って」
小宮はおしるこの缶をくるくると回しながら言った。
「それで、天谷の写真を?」
日下部に言われ、小宮は頷く。
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