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虹蛇
7p
 ラーメンを待つ間、二人は店の中に広がる小さな宇宙をぼんやりと眺めた。
「なぁ、日下部って星、好き?」
 天谷が訊くと、日下部は、「ああ、好きだよ。だからと言って、星座に詳しい訳では無いんだが」と答える。
「俺も。オリオン座くらいしか分からない」と、天谷が言う。
「俺もオリオン座くらいしか分からないな、でも、ああ、えーっと。なんだっけ、アレ、夏のなんちゃら」
 日下部は額に人差し指を当てて考えた。
 しかし、日下部は言葉が出ずに唸り声を漏らす。
 天谷も、「ああ、何だっけ、それ」と考えて額に人差し指を当てる。
 そうしているうちに、二人は閃いて、声を合わせて「夏の大三角形」と言った。
 その声が店に響いて、他の客達の注目を浴びてしまった。
 見知らぬ人達にジロジロ見られて、天谷は赤面する。
 一方、日下部の方は何てことない風だ。
 このタイミングで注文していたラーメンと餃子が、店員の、「お待たせしました」の囁き声と共にカウンターの上に置かて、天谷はもじもじしてしまう。
「そんなに恥ずかしがるなよ、何か、見てるこっちが恥かしい」
 日下部が天谷の耳元で囁くと、天谷は、くすぐったそうに「だって」と言う。
「ほら、熱いうちに食べようぜ」
 日下部が割り箸を箸入れから取って天谷の手に握らせる。
 そうして、日下部は、「頂きます」と言うと、ラーメンを先に食べ始めた。
「くはぁ、美味い。五臓六腑に染みわたる」
 そう言う日下部を、天谷は横目で見ると、オーバーだな、と思いながら「頂きます」と呟いて割り箸を割った。
 天谷がどんぶりに顔を近づけると眼鏡が湯気で曇ってしまった。
 それを見た日下部が「お前、何やってんの」と笑う。
 天谷は頬を膨らませて眼鏡を外し、カウンターの上に置いた。
 そして、さあ、ラーメンを食べようと、頭を下げる。
 すると、日下部が天谷の顔に手を伸ばした。
 それにビックリした天谷が顔を上げる。
 日下部の手は、天谷の前髪に触れた。
「ほら、前髪も邪魔だろ」
 日下部は天谷の前髪をかき分けて、天谷の耳に掛けてやる。
「これで大丈夫だろ」
 日下部の手が離れた。
「ありがと」
 天谷は恥ずかしそうに短くそう言ってから、ちゅるり、と音を立ててラーメンを啜った。
 ラーメンを口に入れた瞬間、天谷は目を丸くする。
 日下部が「美味いだろ」と訊くと、天谷はラーメンを啜りながらコクリコクリと頷いた。
 そんな天谷を見て、日下部は満足気だ。
「なぁ、天谷お前の、少し頂戴」
 日下部のこの台詞に天谷の箸が止まった。
 明らかに戸惑っている風の天谷に気付いて、日下部は、あっ、と声を漏らした。
「そう言えば、お前、回し飲みとかできない奴だったよな。忘れてた。嫌だよな、食べてる物、人にあげるとか」
 日下部の言う通り、天谷は自分が食べている途中の物を誰かに食べさせてあげるという行為が苦手だった。
 いったん、他の誰かが口を付けた物をまた自分が食べるという事が、天谷には出来ない。
 人が手を付けた物を食べる事も出来ない。
 それが、天谷には、何だか汚い行為に思えるのだった。
 だから、本当なら日下部に自分のラーメンを食べさせてあげるなんてとんでもない話だったが、だが、しかし。
(ど、どうしよう。ここで断ったら日下部が傷つくかも。嫌だけど、でも……)
 天谷は、自分のどんぶりを日下部の方へ押し出すと「ど、どうぞ」と頼りない声を上げた。
 日下部が驚いた顔をして天谷を見る。
「お前、良いのかよ?」
「別に良いよ」
「はぁ? 無理してんじゃねぇの?」
「無理なんかしてないから、食べて良いからっ、早く、してっ」
 じれったそうに言う天谷に、日下部は「じゃあ、少しだけ」そう言って天谷のラーメンに自分の箸を入れて麺を啜った。
 ラーメンを飲み込むと天谷を横目に見た後にれんげでスープを啜る。
「ど、どう?」
 カチコチに固まった体をやっと動かして天谷が日下部に訊いた。
 日下部は「美味いよ」と言うと、優しく笑う。
 その笑顔に、天谷はホッとする。
 気が付けば体から力が抜けていた。
「あの、日下部。俺も、日下部の、貰ってもいい?」
 天谷は自然と日下部にそう言っていた。
 言われて、日下部は一瞬心配そうな顔をしたが、直ぐに笑顔を作り、「お前が食べたいなら良いよ」と言って、天谷の方へとどんぶりを動かした。
 天谷は日下部のラーメンを目の前にして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(く、日下部のラーメン。他人の食べたラーメン)
 箸を持ったまま動かない天谷を、日下部は頬杖をついて横目で見ているだけ。
(じっ、自分から食べるって言ったんだし、食べなきゃ、食べなきゃ、日下部に……)
 天谷がチラリと日下部を見ると、日下部と目が合ってドキリとする。
 天谷は直ぐに日下部から目を逸らした。
(くそっ、俺も男だ。食べてやる!)
 天谷は握った箸を震えさせながらでラーメンを掴むと、そっと口に入れた。
 そして、もぐもぐと口を動かす。
 日下部のラーメンは味が濃くってスープの絡んだ硬めの麺は食べ応えがあって、そして、ピリリと辛くて。
「どう、美味しい?」
 日下部が、そっと天谷に囁く。
(言わなきゃ、何か言わなきゃ)
 思ったよりも多く口の中にラーメンを入れてしまって中々天谷は喋れない。
 必死になってラーメンを飲み込もうとする天谷に、日下部は「ゆっくりでいいから」と、優しく言う。
「んっ、日下部の……美味しいよ」
 口の中のラーメンを咀嚼しながらやっと天谷は言った。
 天谷の台詞を聞いた日下部は「良くできました」と言いながら天谷の頭を撫でた。
「ばっ、バカ。こんな所でっ……ラーメン冷めるから早く食べようぜ」
 そう言ってから天谷は勢いよく、自分のラーメンを啜る。
「あっ、熱っ!」
「バカはお前だ、何やってんだ。水飲め、水」
「う、うん」
「全く、慌ててラーメン食うんじゃねーよ」
「うるさいな、もう」
「はいはい、そうですかっ」
 日下部は可笑しそうに小さく笑う。
 天谷は不機嫌そうに「日下部のバカ」と囁いた。


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