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虹蛇
5p
「天谷、お待たせ」
 店で買い物を済ませた日下部が毛糸のぬいぐるみとにらめっこをしている天谷の顔を覗き込んだ。
 日下部は、天谷が手にしているぬいぐるみを見ると「それ、欲しいの?」と、言ってニヤリと笑った。
 天谷の顔が赤くなる。
「別に、ただ見てただけ」
 天谷は、ぬいぐるみを売り場の棚に戻した。
 日下部は、ニヤニヤしながら、「本当は欲しいんだろ?」と言って、天谷をからかう。
「違うってば、ただ見てただけだよ」
「はいはい、そうムキになるなよ」
「もう、ムキになってなんかないから!」
 そう言うと、天谷は日下部にそっぽを向いてしまった。
 日下部は、仕方ないな、と言う表情で「なぁ、怒った?」と言う。
「別に、怒って無いし」
 尖った口調でそう言う天谷。
 苦笑いする日下部。
「そうだ、天谷、お腹空かないか?」
 ご機嫌取りに日下部はそう訊いてみた。
 天谷が日下部の方をやっと振り向く。
 そういえば、朝から何も食べていなかったことを天谷は思い出す。
「お腹、空いてるかも」
 上目遣いに天谷がそう言うと、日下部が「ラーメン食べに行かないか? 美味い店があるんだよ」と満面の笑みを浮かべて提案する。
 天谷は、うーん、と考える。
 考えた所で食べたい物なんて天谷には特にないし、だから、「ラーメン、良いよ」と天谷は答えた。
「じゃあ、行こうか。店はデパートの外だから、デパートから出よう」
「うん、分かった」
 二人は売り場から出ると、下りのエスカレーターに乗った。
 二階まで来て、天谷が一階へ降りるエスカレーターに乗ろうとしたところで、日下部が急に天谷の腕を掴んだ。
 天谷は、怪訝そうな顔で足を止めて日下部を見ると、どうしたんだ? と訊いた。
 訊かれた日下部は、少し困った顔をした。
「何だよ、その顔。急に腕を掴んで引き留めて、何なんだよ」
 天谷の台詞に、日下部はさらに困った顔をする。
 そして、思いついたかのように、こう言った。
「いやぁ、えーとだな。何て言うか……あっ、俺、買い忘れた物があって、さっきの売り場に戻りたいんだけど、お前、ここで待っててくれる?」
 歯切れ悪くそう言った日下部に天谷は、「それなら俺も、一緒に行くよ」と返した。
 しかし、日下部は「いや、いいから、ここで待ってて、直ぐ戻るから」と言って、一人で走り出だす。
「ちょっと、日下部!」
 戸惑う天谷を残して、日下部は反対方向のエスカレーター側へ消えた。
「何だよ、日下部の自分勝手!」
 もういない日下部に向けて天谷は毒づいた。

 曇った顔で天谷は日下部を待つ。
 日下部は中々戻って来ない。
(日下部、どうしちゃったんだろう。直ぐに戻るって言ってたのにな)
 エスカレーターを見上げる天谷。
 けれど、日下部が下りてくる様子は無い。
 心細い。
 そう感じて、天谷は首を振った。
(あるわけないって、日下部がいないだけで心細いとか、そんなわけ)
 そんな訳無い、と天谷は自分に言い聞かせて、再びエスカレーターを見上げた。
 すると、日下部がエスカレーターを駆け降りてくるのが見えた。
 日下部の姿を見て安堵している自分に天谷はどぎまぎとする。
「天谷、待たせた。ごめん。レジが混んでて」
 エスカレーターを降りた日下部は、ここまで走って来た様で、苦しそうに息をしていた。
「別に良いよ。お前も彼女の為に大変だな」
 天谷が言うと、日下部は「ん、ああ、まぁな」と、微妙な笑みを浮かべて言った。
「走って来たら、お腹すきまくったわ。早くラーメン食べに行こうぜ」
 日下部はそう言うと、天谷の手を引いて、下りのエスカレーターに乗る。
「えっ、うわっ、ちょ、バカ! いきなり危ないって!」
 日下部に引っ張られて危うい足取りで天谷はエスカレーターに乗った。


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あきゅろす。
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