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虹蛇
15p
 コツリッ、と額に何かが当たったのを感じて天谷は目を開ける。
 日下部の額が自分の額にくっついているのだと理解するのに数秒掛かった。
 視線を移せば日下部が笑みを浮かべて天谷の目を見ている。
「お前って、こういう時、そんな顔するんだな」
「へっ?」
 日下部の顔を見ながら天谷はしばらく呆けていた。
 そんな天谷を見て日下部が笑いだす。
「な、何?」
 天谷は訳が分からなかった。
「何って何?」
 日下部が笑いながら訊く。
「何って、この状況は何って事なんだけど……」
「何よ? お前、分かんないの?」
「うん」
 天谷は目を丸くして頷く。
 天谷の答えに日下部は笑ってため息をつく。
「お前さぁ、俺に何されると思った訳?」
「何って……そ、そんな事、訊かれても……」
 天谷は首を横に向けて蟲の鳴くような声で言った。
 そんなこと聞かないで欲しい、と天谷は思う。
(あんな風にしておいて……)
 思い出しただけで、どうにかなりそうだと天谷は思った。
 言葉に詰まる天谷の耳に、日下部の笑い声が聞こえる。
「ふふっ、お前、色っぽい展開想像したんだろ」
 日下部は楽しそうにそう言う。
「はぁ? そ、そんな事っ……ある訳ないじゃん! お前、何言ってんだよ!」
 天谷は日下部の方を向いて言う。
(何なの、こいつ、無神経にもほどがあるんじゃないか?)
 天谷の目は鋭く日下部を睨む。
 それでも日下部は笑っている。
「日下部、お前、あ、あんな事しといて何で笑ってるんだよ! バカッ!」
 天谷は日下部に掴みかかりそうな勢いでいた。
 そんな天谷を日下部はまた笑う。
「日下部、何がそんなに可笑しいんだよ。どうかしてるにもほどがあるだろ! 大体、あんな事……」
「バカ、アレはだな、お前があんまりバカっぽいからからかったんだよ」
「へっ?」
 日下部の台詞を聴いて、耳まで熱くなるのを天谷は感じる。
 涙が自然と滲んでくる。
「バカ、泣くなよ」
 日下部が天谷の頬を両手で包み込む。
 そして、そっと頬を撫でる。

 日下部の手が温かい。

 今更、そんな風に優しくされても、と天谷は思った。

「バカはお前だろ。バカっ! このバカ!」
 湿った声で天谷は言う。
「怒るなよ。ちゃんと欲情もしたって」
 日下部は天谷の頬から手を離してそう言う。
「なっ、何? ……お前、よっ……欲情って。っつ……お前、なななっ、何言ってんの?」
 天谷にそう言われて、日下部は少しイラッとした顔をして「だから、お前の事、ちゃんと意識してるってそう言ってんだよ!」と言う。
 そう言った後で、日下部はふざけた調子で「ちゃんと我慢してるから安心しろよ」と言った。
 日下部は、実に気まずそうにしていた。
 天谷には、そんな風でいる日下部の気持ちは少しも分からない。
 日下部の考えている事が分からない。
 だから、天谷は日下部に心底いらだつ。
「最低!」
 力を込めて天谷はそう言った。
「何だよそれ、最低呼ばわりするほど怒るかよ?」
 日下部は顔を顰める。
「怒るだろ、普通! このバカ!」
 天谷に言われて日下部はため息を吐く。
「お前、自分から誘っておいて迫られて怒るってどういうやつよ」
「はぁ? 誘うって何が? ある訳ねーだろ、バカ! ちょっと優しくしてやれば調子に乗りやがって!」
「今、乗ってるのは、お前の上だっての! 甘い顔して一緒に寝るだの、好きにしていいだの、誘いまくってたじゃねーか、このバカ! どっからその台詞は出てくるんだよ。あのなぁ、天谷先生。お前が天然じゃ無かったら十分すぎるほど誘ってるっていうの!」
「なっ……甘い顔なんてしてないし……」
 言われて天谷は恥ずかしさで死にそうな気分になる。

 このままだと、恥ずかしがっている事を、きっと、日下部に気付かれる。
 これ以上日下部にみっともない所を見られたくない。

 自分の気持ちも何もかもを誤魔化したくて、天谷は口を動かした。


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