虹蛇
11p
日下部と一緒に寝る、だなんて今までした事が無かった。
部屋には何度も泊まったが、天谷はいつもソファーに一人で眠っていた。
日下部の方から、誘われた事も無かったし、それが天谷にとって安心でもあったはずなのに、何故、自分から一緒に寝る? だなんて誘ってしまったのか?
日下部から離れたらいけないと、そう思った。
それが、どうして、一緒に寝る? になるのか?
自分で自分が分からない。
自分で言った事の収集が付けられない。
一人、百面相をしている天谷の頬に日下部の手が触れる。
「無理すんなよ」
そう言って日下部は笑う。
頬に触れる日下部の手が冷たい。
いつもは温かい日下部の手が……
「無理なんかしてない」
天谷は日下部を睨むように見て言った。
「じゃあ、入れよ」
日下部が天谷の頬から手を離し、ベッドの端にずれて布団をめくった。
天谷は空いた日下部の隣の空間に目が釘付けになる。
ここで寝るのかと思ったら、天谷は何とも言えない気持ちになった。
今なら、まだ引き返せる。
やっぱり、日下部とは寝ないという道が残っている。
しかし、それを選んだ場合、天谷は日下部にやっぱりダメな奴だと笑われる事になる。
(ちっ、ここで逃げたら男が廃るぜ。寝てやる! 絶対に寝てやる!)
心の中で固く決意をすると日下部の顔は見ずに天谷はベッドに入った。
ベッドは男二人には当然狭く、天谷の体は自然と日下部にくっついた。
日下部が天谷にしっかりと布団をかけてから、天谷の顔の上に枕を被せる。
「え、枕、何?」
キョトンとする天谷に日下部は「枕、お前が使えよ」と言う。
「え、いいよ。枕なんか無くても別に」
「良いから使え」
日下部はそう言うと布団の中にもぐりこんだ。
もう、有り難く枕を使わせて頂かなければならない空気だった。
「あ、ありがとう」
天谷は枕を引いて枕に頭を載せた。
枕は思いのほかふわふわで心地よかった。
(えーっと、どっちを向いて寝たらいいんだ)
天谷は布団の中でもぞもぞと動く。
日下部の方を向いて寝るのも何だか恥ずかしいし、しかし、自分から誘っておいて日下部に背を向けて寝るのも何か違うと思うし、やっぱり正面か? と天谷は悩む。
「ちょっと、天谷、あんまり動くなよ。何やってんだよ」
「べっ、別にっ」
天谷はそう言うと日下部に背を向けた。
後ろに日下部の気配を感じながら、天谷は結局日下部に背を向けてしまった自分に呆れていた。
(はぁ、俺って、男らしくないかも。でも、一緒に寝るってだけでいっぱいいっぱいなのに日下部の顔なんか見ながら眠れないもんな。けど、男としては、せめて正面を向いて寝るという選択肢だろ。失敗した)
そう思ってから天谷は、自分が布団を強く握り締めている事に気が付いて、また、呆れた。
(本当、何を緊張してるんだよ。しっかりしろ、俺!)
しかし、そう思えば思うほど、天谷の緊張の糸は張り詰めるようだった。
せめて、うるさく鳴る心臓の音が日下部に聴こえない様にと天谷は祈る。
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