虹蛇
8p
仕方なく着た服は、それなりに似合っていて、天谷の気持ちは複雑だった。
渋い顔をして天谷が脱衣場から出ると、部屋は静かで、おや? と天谷がベッドを覗くと日下部はベッドの上で横になっていた。
「日下部、もう寝たのか?」
天谷がそう言ってみても日下部からの返事は無かった。
日下部は口を開けて眠っている。
日下部は、眉の間に濃い皺を刻みながら、時折「ううっ」と、うめき声を漏らしている。
天谷はそんな日下部の様子を見て、少し迷ってからベッドの横に腰を下ろした。
直ぐ真横に日下部の顔がある。
日下部の瞼はしっかり閉じていて、目を覚ましそうな気配は見えなかった。
それを、どこか恨めしく思っている自分に気付いて天谷はドキリとした。
天谷はふぅっ、と息を漏らすと、立ち上がり、部屋の明かりを消して、ソファーの前にあるテーブルに眼鏡を置いて、狭いソファーに猫の様に身を丸くして目を閉じた。
目を閉じても、天谷に眠りは訪れなかった。
眠れない天谷の頭の中には日下部の事が浮かぶ。
昨日、大学で偶然、日下部が女子から告白を受けているのを天谷は目撃してしまった。
校舎裏にある桜の木の下で、一人で本を読もうと行ったら、たまたま告白の現場に遭遇してしまったのだ。
天谷が本を読もうと思っていた桜の木の下に、日下部と女子が二人でいた。
天谷はとっさに校舎の陰に隠れた。
日下部に好きだと告白しているのは可愛らしい子だった。
日下部が、その告白にどう答えたのかは、天谷は知らない。
日下部の返事を聞く前に天谷はその場を立ち去ったからだ。
そうしたのは、盗み見ている事の罪悪感と、日下部の返事を聞きたくなかったから。
(もし、俺が、日下部に好きだとか言ったら日下部はどうするんだろう。好きも言わずに付き合ってるって、俺達、やっぱりどっか違うのかな)
天谷はぼんやりとそんな事を考えた。
(日下部、やっぱり、俺達は……)
天谷の気持ちがどんどん沈んでいく。
天谷は勢いよく目を開いた。
(何をナーバスになってんだ。水でも飲んで頭を冷やそう)
天谷は起き上がり、床に足を下ろす。
そして立ち上がろうとしたその時、天谷の耳に日下部の声が聞こえた。
「ううぅ」
苦しそうなその声に、天谷は日下部の眠るベッドへ足を進めた。
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