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虹蛇
5p
「お前、これ、何?」
 日下部が青ざめた顔で天谷に訊く。
 訊かれて天谷はやれやれ、と言う顔をして「スリーピーホロウだよ」と答えた。
「スリーピーホロウ?」
「知らないのか? アメリカに伝わる首なし騎士の伝説だよ」
「あー、何か聞いた事ある気がするけど……それで、何でお前はスリーピーホロウを描いてんの?」
「それは、頭に浮かんだからだろ」
「え?」
「いやぁ、ビックリするくらいにビビッと来たんだよ。神が下りて来たって言うの? 頭の中にスリーピーホロウの場面がはっきりと浮かんでさ。これは描かねば、と思って」
「はぁーっ? お前、怖いよ! お前の方こそどんな頭の中してんだよ! こんなグロイ絵が頭の中に浮かぶって、お前はサイコパスか何かかよ!」
 日下部はだいぶ引いた様子だ。
「はぁ? 日下部、サイコパスって何だよそれ! 俺とスリーピーホロウをバカにすると、お前、地獄を見るぞ!」
「見るか! アホ!」

 日下部が叫んだその時、大きな閃光が窓の外に光った。
 そして、轟くような雷の落ちる音が響いた。
 日下部は痛いくらいに首をひねって窓を見た。
 窓の景色は土砂降りの雨だった。

 窓を見たまま呆けている日下部に、天谷は忍び笑いを含ませてゆっくりと近づく。
 そして、無防備の日下部の首に両手を伸ばす。
「日下部、今夜、お前の首を狙って首なし騎士がやって来る」
 日下部の耳元でそう囁いて天谷は日下部の首を軽く絞めた。
「ぐぇっ! 首、くすぐったい。ちょ、止めろ、このサイコパス! スリーピーホロウなんてアメリカの伝説だろ。日本人の俺に関係あるかよ! そもそも、そんな下らない伝説、実際に起こるわけがないだろ!」
 日下部がそう言うと、ひときわ明るい閃光が窓の外を走り、割れる様な雷の音が響く。
 天谷は窓を見てから日下部の首から手を離すと、不気味な声色で「スリーピーホロウの伝説を笑うものはすべからく呪われるんだぜ。日下部、今夜は覚悟するんだな」と意地悪な笑みを浮かべて言った。
「うるせーよ! 俺は信じないからな!」

 そう言う日下部をあざ笑うかのように、また雷が光る。

 日下部は、舌打ちをすると立ち上がり、カーテンを乱暴に閉じる。
 そして、テーブルの前に、どかりと座り、コーヒーを一気で飲み干し、むくれた顔でスケッチブックを広げた。
「そうむくれるなよ、日下部。ほんの冗談だろ」
「お前は、そのほんの冗談を随分と楽しんでいたじゃねーか」
「ごめん。お前が俺の絵の事、グロイとか言うから、ついさぁー」
「それを言うならお前だって俺のパンの絵の事バカにしたろ」
「別に、バカにしたつもりは無いけど」
「けっ、どうだか。……ほら、お前はさっさとサンドイッチを食っちまえよ。片付けられねーだろ」
 天谷の皿に残ったサンドイッチに視線を向けて日下部が言う。
 天谷は残りのサンドイッチを口に押し込む。
「バカ、そんなにいっぺんに口に入れてどうするんだよ! 喉に詰まらせても知らねーぞ!」
 日下部が言う。
「子供じゃないんだからそんな心配するなよ」
「天谷は子供みたいなもんだろ」
「何だよ、それ!」

 天谷と日下部は、ああだこうだと言い合いながら休憩時間を過ごして、また課題に取り組んだ。

「なぁ、天谷、スリーピーホロウの伝説って本当にあると思うか?」
 鉛筆の線を擦りながら日下部が訊く。
「え、急にどうしたんだよ。お前、さっきただの伝説だって言ってただろ。そうなんじゃねーの?」
 鉛筆を置き、天谷は日下部の顔を見る。
「まさか、怖くなったとか?」
 天谷が訊くと、日下部は「そ、そんな事あるわけないだろ」とハッキリ過ぎるくらいにハッキリと言った。
「もういいよ、ただ聞いただけだから」
 天谷はふぅーん、と言ってまた課題を始めた。
 日下部も、もうそれ以上スリーピーホロウの伝説の話はせずに課題に集中した。

 


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