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虹蛇
5p
 日下部は蜂蜜を垂らし終えると、しばらく様子を見てから、ホットケーキの生地をフライパンに流した。
 それをしばらく焼いて、生地が少し膨らんでくると、日下部は天谷に、ちょっと目を瞑ってて、と言った。
「え、何で?」
「いいから、いいから、少しだけだよ」
「えーっ、……わかった」
 天谷は、両目をギュッと瞑る。

 日下部は天谷が言われた通りに目を瞑っていることを確かめると、フライ返しでホットケーキをひっくり返し、またしばらく焼いた。
 そして、フライ返しで裏をめくり、焼き具合を確かめ、フライパンを持ち上げて、フライパンから皿にホットケーキを移した。

「天谷、もう目、開けていいよ」
「うん」
 天谷が目を開く。
 目を開けて、皿に乗ったホットケーキを見た天谷から感嘆の声があがった。
 ホットケーキに可愛らしい、うさぎの絵が描かれていたのだ。
「何これ、すげー!」
 喜ぶ天谷に日下部は満足そうだった。
「蜂蜜を熱したフライパンに垂らして、少ししたら生地を入れて焼くと蜂蜜のとこが焦げてさ。ホットケーキが出来上がると、蜂蜜でうさぎを描いたとこだけ、焦げて残んの」
「ふぅん。このうさぎ、いい感じ。日下部ってこう言うイラスト描くの上手いよな」
「そうか? あ、お前もなんか描く?」
「うん!」
 天谷は日下部に向かって極上の笑顔をする。
 天谷の笑顔に日下部はホッとした。
(よかった。こんな風に笑ってくれたなら……)
 日下部は、不意に天谷の髪に手を伸ばそうとして、止めて、代わりに天谷に向かって微笑んだ。
「なんだよ、その微妙な笑顔」
 天谷はそう言う。
 日下部は、別に、と、やはり笑顔で答えた。

「よし、気合い入れて描くぞ!」天谷はそう言って日下部の顔をじっと見る。
「な、なんだよ」
 いきなり見つめられて、日下部は天谷から目を逸らそうとする。
「あ、バカ、動くなよ。そのままじっとしてろ」
「なに?」
「いいから! 動くな!」
「う、なんだよ」
 日下部はたじろいだ。
 天谷は少しの間、日下部を見つめた。
 日下部の息がつまる。
 天谷の顔が近い。
 日下部は息を止めて天谷に見られていた。
 天谷は一つ頷くと、日下部から視線を外す。
 日下部の呼吸が一気に戻る。
「なんなんだよ、天谷」
「うるさい、黙れ!」
 天谷はチューブを握りしめて、フライパンに蜂蜜を落としていった。
「お、なに描くの?」
 日下部の質問に、天谷は「秘密」と答える。
 天谷は集中して蜂蜜をフライパンに落とした。

「よし、日下部、ホットケーキの生地入れて」
 言われて日下部は急いでフライパンにホットケーキの生地を流し入れる。
 日下部が生地を流し終えると、天谷は両手を、音を立てて合わせて「上手くできますように」と言った。

 フライパンのホットケーキはそろそろ返し時の頃合いだ。
 天谷は日下部にフライ返しを握らせると「ひっくり返して」と、頼む。
 またホットケーキを落とされては大変だと、日下部はそれを引き受けた。
 日下部は素早くホットケーキを裏に返した。

「これ、もしかして、俺?」

 裏返したホットケーキには、日下部の似顔絵が描かれていた。

「どうよ」
 少し恥ずかしそうにして天谷が言う。
「これ、描くために、さっき俺のこと見ていたわけか。天谷、相変わらず、人物描くの、上手いな。でもこれ、ちょい劇画タッチだな、てか、ホラーちっく?」
「そうか? さっきまでホラー観てたからかな? これ、上手く焼けたら日下のな」
「お、じゃあ心して焼くか」
 日下部は左の口角だけを上げてニヤリとするとホットケーキを焼くことに集中した。

「上手く焼けた」
 日下部はホットケーキを丁寧な動作で、フライ返しで新しい皿に乗せる。
 
 テーブルに、うさぎと日下部の似顔絵と、二枚のホットケーキが仲良く並んだ。
「なんか、楽しいな」
 天谷が二つのホットケーキを見て言った。
「だな」
 日下部が頷く。
 日下部は笑っている。
 日下部の顔を見て、天谷も笑う。
「そうやって笑ってろよ」
 日下部が言う。
「えっ、何て?」
 天谷が言う。
「何でもない」
 日下部が笑って言った。

 二人は八枚、ホットケーキを焼いた。
 そのうちの一枚を天谷は食べた。



「天谷、ホットケーキ美味しい?」
「甘い、毒の味がする」
                  















 


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