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虹蛇
7p
「はぁ? ちょっと、手、離してよ! アンタにやるくらいなら、日下部に持って行くっての!」
 その台詞を聞いて、小宮がくねくねした動きを止める。
「あ、そ、じゃあ、日下部んとこ一緒に行こうぜ。あいつ、いつもお腹空かしてるから、きっと喜ぶよ。どこにいんのか日下部にグループチャットで聞いてやるから」
 小宮は嵐の額を軽く人差し指で弾いて言った。
 嵐は「……あ、うん」と小さく頷いた。
 小宮はスマートフォンで日下部に連絡を入れながら天谷に、「お前も来る?」と尋ねる。
 天谷は少し考えて、「いいや」と答えた。
「んーっ、なぁ、天谷、お前、日下部となんか喧嘩とかしてる?」
 小宮はスマートフォンを見たまま天谷に聞く。
 嵐が小宮の台詞に少し心配そうな顔をして天谷を見た。
「してないよ。今、これ、読んでるから」
 天谷は地面に置いたままでいる小説を指差す。
「本、ねぇ……ま、そゆことで、日下部には、そう言っとくな、天谷はお前より本が大事らしいってさ。じゃ、俺たちいくわ」
 そう言って小宮は天谷の髪を、くしゃりと撫でた。
「髪、よせよ。俺と日下部のこともほっとけ。じゃあな」
「じゃあ、またな!」
 小宮が天谷の髪からそつと手を放し、そして背を向けて離れる。
「またね、天谷」
 嵐も天谷から離れた。

 嵐と小宮が去った後、天谷はきな粉パンと牛乳を片付け、小説を二、三ページ読んだ。

 空が青い。

 天谷のスマートフォンが音を鳴らす。
 天谷は膝を抱えて、スマートフォンを眺めた。

 天谷は目を閉じて、ただじっと、スマートフォンの鳴る音を聞いた。



『なぁ、日下部、俺に好きって言ってよ、今……欲しいからっ……』
 この言葉に、彼はなんと答えたのだろう。



 天谷は隣に、人の気配を感じていた。
(日下部?)

 天谷は目を開いた。

 天谷の横にいたのは日下部では無かった。
 不二崎史朗。
 天谷の友人である。
 不二崎は天谷の隣に座り、静かに、天谷の小説を読んでいた。

 不二崎は、天谷が目を覚ました事に気付くと、その女の子のように可愛らしい顔を天谷に向け、男らしいハスキーボイスで「おはよう」と言った。
「おはよう」
 天谷は目を軽くこすって不二崎に言う。
 不二崎は、小説を閉じ「雨喬、この小説、面白いね。今度貸して?」と天谷に手渡した。
 天谷は受け取って「いいよ、史郎」と言った。
 不二崎は、天谷のことを、この世で唯一、下の名前で呼ぶ他人である。
 不二崎の方が天谷を下の名前で呼ぶものだから天谷も不二崎を下の名前で史朗と呼んでいる。


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