追慕
04
突如として現れたその人物にその場の空気が飲み込まれた、
マルコはそう感じていた。
誰ひとりとして言葉を発せず、それでも意識を離すことができない。
沈黙を破ったのは、凄まじい殺気を放ったオヤジの言葉だった。
「おい貴様、人の船に勝手に乗り込みやがって、えらいことしてくれたじゃねえか。貴様が放ったあの弓はこの船から放たれた、そりゃあつまりあの船を沈めたのは俺達っつうわけだ。」
見ると確かに、先程まで炎をあげていた船はもう半分以下まで沈んでしまっていた。
そんなことにも気づかないほど、この船の全員がその人物に意識を奪われていた、オヤジ以外。
『天下の白髭がそんなことにこだわるとはな。それとも、海賊同士の憐れみでもあるのか。』
「くそ生意気なてめぇに教えてやる。オレは自分の信念に背くことはやらない主義だ。てめぇのあの弓はオレの信念に背いた。」
だんだんと増していくオヤジの殺気に感覚が圧されていく。既に立っていられない者さえいる。
しかし、不気味な笑みの仮面を被ったその人物から感じられるのは、“無”だった。
そう、なんの感情も感じられないのだ、殺気も、恐怖も、生気でさえ。
その“無”はまるで闇のように、オヤジの殺気でさえも飲み込んでいくようだった。
「貴様、何者だ。」
オヤジの問いに答えたのはエースの側に立つシオンだった。
「そういえば最近、仮面の人物が海賊、政府、時には各国の機関に侵入しては騒ぎを起こしてるって話を聞いたわ、あなたがその人物ね。たしか“仮面の侵入者”。」
『へぇ、そういう風に呼ばれているのか。たいした情報でもない、単なる噂話をありがとう。』
「おいてめぇ!」
今にも飛び出しそうなエースをシオンが冷静に止める。シオンを馬鹿にしたその口調はエースだけではなく船員みんなの怒りを買ったが、マルコは意外にも冷静だった。
いや、むしろその人物のあまりの冷酷な姿に、興味すら湧いていた。
『急にお邪魔して悪いが、もう一つお邪魔したい。この女はあの船に監禁されていた、どうやら奴隷のようだ。気まぐれで連れてきたはいいが、私はこの女を優しく介抱する気はない。ということで奴隷にしようが始末しようが構わない、好きにしてくれ。』
そう言い放つとその人物は手首に付いた鈴を二回鳴らす。
それを合図に先程の大きな黒い翼が迫ってくる。成る程、それは見るも珍しいドラゴンだった。
「おい待てっ、勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」
サッチの怒鳴りに一切の反応も見せず、仮面の人物は一瞬で船の縁、マルコの側まで移動していた。
「分かっていてか?」
マルコの言葉にその人物が反応をみせる。その吸い込まれそうな存在感を身近で感じ、詰まりそうな言葉を必死で出す。
「女を助けたのも、それをここにおくのも、俺達だからか?」
『それは単なる自惚れだ。』
言葉を吐くとすぐ、側まで飛んできたドラゴンの背に飛乗る。その鮮やかな一連の動きを誰ひとり阻止できず、遂にその影も見えなくなってしまった。
あっという間の出来事にしばらく動けない船員をよそに、マルコは思わず声をかけていた自分自身に驚いていた。
見てほしかった
存在を知ってほしかった
自分からそう思ったのは
オヤジに出会って以来だった
魅せられて囚われる
(引き込まれそうな最後の言葉に、全神経が縛り付けられる。)
まえ
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