追慕
02
騒がしい海賊船のある一室
ジュンは一冊の本を片手に立ち止まっていた
先程金庫室のドアを破壊しておいたため、この船の船員達は必死にこの緊急事態の解明に取り乱しているだろう
現に外からは侵入者を探す海賊達の荒い足音が響いていた
本来の目的である本は手にいれた
あとはこのままここから去るだけ
しかし、ジュンはあることに気がつき足をとめていた
部屋の奥にある
鉄製の扉の下の細い隙間
そこから見えたのは
異様に白い人の足だった
近づいてみるとあちらもそれを察したようで、息を殺して静かに後退っていく
それと共に鎖の地面を引きずる音が聞こえてくる
どうらやこの部屋の主は
相当の鬼畜らしい
おそらく奴隷として人を飼っているのだろう
「どなた…ですか?」
聞こえてきたのは
異様に透きとおった、高く、震えた、か細い声だった
その声を何処かで聞いた気がして一瞬眉をひそめたジュンだったが、言葉はすぐにでた
『ここを出たいか?』
問いかけへの返事はない
大分警戒しているようだ
まあこんな状況じゃ
それもしょうがない
そう思いながら続ける
『私はお前をここから出すことができるが、別に助けるわけじゃない。
私はお前を利用するためにここから出す。その後どうしようとお前の自由だ。ただその前に、お前はここから出たいか?』
静かな部屋に響いたその言葉は
異様に冷たいものだった
しかし、女にはそれが
自分を包み込む
暖かい光のように感じた
どうしても壊すことの出来ない
悲痛な運命
もはや諦めていたひとつの想いを
その言葉は再び呼び起こした
「わたし…生きたいんです!
どうか私を、ここから出して下さい!」
そう言った直後、扉はあまりにも簡単に開けられた
部屋に入ってきた仮面姿に黒で身を包んだその人物に、女は驚きで一瞬身を強ばらせた
『約束通りここから出してやる…が、少しだけ眠ってもらう、すまない。』
それと同時に布で口を抑えられ、異様な匂いに女は意識を失う
倒れそうな体をジュンはしっかりと抱え、急いで部屋を後にし甲板へ向かう
甲板では既に戦闘態勢の海賊達が一斉に視線を向けた
「お前がうちの金庫室を破った奴だな、なめた真似しやがって、命があると思うな!」
船長らしい男がそう叫んだとき、一人の男が前にでてきた
「キャプテン、こいつぁそれだけじゃねぇ、俺の大事な本を盗ってやがる。」
「本?なんだそれは?」
「ただの本じゃねぇよ、アルライダ王国の王が代々書き綴った伝説の日記、歴史という名の秘宝だ。」
しまった、ジュンはそう思っていた
見かけは野蛮な連中の集まりだが、どうやら副船長らしきこの男はこの本の価値を知っている
この本が何故秘宝と呼ばれるのか
それはその国が滅びた秘密、最後の瞬間を綴っているからだ
「お前は金庫室を破壊したが金目のものは一つも盗っちゃあいねぇ、ということはアルライダの埋蔵金の在りかを探ってるわけでは無さそうだな。知りたいのは、二人の訪問者の謎か?」
成る程こいつ、見かけに反して頭はキレるらしい
ここまで知られていてはまずい
そう考えてからは早かった
手首にかけた鈴でチッチを呼ぶ。
するとすぐに空から大きな翼の羽ばたく音が聞こえてくる
遠くにいると一見ただの鳥に見えるそれは
近くに来れば圧倒されるほど大きく
黒い翼が美しいドラゴンだ
敵の攻撃をかわしながらジュンは今のこの状況を冷静に整理していた
後から変にさぐられるのだけは絶対に避けたい。存在を知られれば自分の計画はそこで終わってしまう。
だったら完全に始末するしかない
それならば
海の向こう側、一際目立つ海賊船に目をとめる
その船の存在はジュンにとっては計算内だった
先程から船の上空を迂回しているチッチに合図をおくる
勢いよく甲板の脇まできたチッチの背にタイミングよく飛び乗り、もうひとつの海賊船に向かうよう呼び掛ける
飛び乗った衝撃で女が起きていないか顔を覗けば、ふとその頬に涙が流れて落ちていった
痛々しくも美しい光景に先程の彼女の声が甦ってくる
怯えきった
絶望をまとった声
なぜか懐かしく、どうしようもなくやるせない気持ちになった
そうだ、あれは
過去の自分の姿だ
生への執着心
(そしてあの選択は、間違いだった)
まえつぎ
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