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眠り姫に口付けを3
「なんにも知らない……です」
「……」

気まずい沈黙。だが、今自分にできることはこれしかない。
七歌は顔を伏せて、少年が諦めてくれることを祈った。

「…ねぇ」

ふっと自分の周囲が暗くなる。
慌てて顔を上げれば、少年がさっきと同じように、自分のすぐ目の前に立っていた。
たださっきと違うのは、少年の視線が自分にではなく、その隣の丁寧に包まれた弁当に向けられていたことだ。

「それ、きみが作ったの?」
「あ、はい…そうですけど」

ふぅん、と呟いた少年は、突然弁当を取り上げて一言、

「じゃあこれは、ぼくがもらうから」
「は、はい。……、え?」
「弁当箱は明日返してあげるから、明日のこの時間もここにいなよ」

それがさも当然であるかのような口調で言われ、七歌は思わず反論の余地を失う。
ぼんやりしていると、少年の顔がまたも眼前に近付いてきた。
逃げようにも後ろはフェンスなのでどうしようもない。

「……それと、」

少年は何か言ったが、それは大して問題ではなかった。

ちゅ、という小さなリップ音。
その後すぐに少年は離れて、意地の悪い笑みを浮かべたまま、見せ付けるように舌で自分の上唇を舐めとった。

「さっきからリンゴついてたよ」

なにが起こったのかさっぱり分からない。
少年は「じゃ」と片手をあげると、学ランを翻して歩いて行った。
七歌は口をぽかんと開けたまま、少年の後ろ姿を見送る。

『……一つ、いいですか』

さっきまで黙っていた鏡が口を挟む。
七歌が視線で続きを促すと、鏡は小さな声で言った。

『七歌はまだ一口も食べてませんよね、そのアップルパイ』

言われるがままに、膝の上に置きっぱなしのアップルパイを見下ろす。
アップルパイにはかじられた跡どころか、口をつけた形跡さえ見当たらなかった。

「…じゃあ、なんでわたし…」
『さぁ、なんででしょうね』わずかに震える七歌の声に構わず、鏡は思ったありのままのことを喋る。『したかったから、じゃないですかね?』

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