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秒針は止まらない
「い…おい、七歌?」
「…え?」

はっと我に返ると、視界が何かで塞がれていた。
「わっ」と飛びあがる勢いで驚き、がたがたと椅子から立ち上がる。
距離をとってみれば、そこにいたのは霞で、彼は大きく溜め息を吐きながら後ろのテーブルに寄り掛かった。

「…お前、大丈夫かよ?」
「え? 大丈夫って…え?」
「いや…"え?"じゃなくて」

ちらりと視線を外した霞は、がしがしと頭を掻く。
明らかに面倒臭そうなオーラを発しているが、今に始まったことではない、ので無視をする。

「なんか最近、たるんでね?」
「たるん…?」
「あぁ、腹の話じゃねーぞ。…いや、知らねーけどさ」
「そんなこと分かってるわよ!」

思わずお腹を手で隠しながら、七歌もちょっとムキになって叫んでみる。
デリカシーのない発言も、彼にとってはある意味通常運転で、大した意味はないのだろうが。

というかそれよりも重要なのは、さっきの話。
そんなに最近の自分ってたるんでるだろうか。
少しだけ考えてみるが、思い当たる節はない。
うーんと首を捻ると、霞は険しい顔をしたままぽつりと呟く。

「なんつーか、…話掛けてもぼーっとしてるっつか…」
「えーと……そうかな」
「自覚ないのか?」
「う」

そう言われてしまえば、やっぱり自覚がないってことになるんだろうか。
でも、思い当たる節がないんだから、つまりはそういうことで。

「…もしかして、とは思うんだけどさ」
「え?」
「この前言ってた、オトコがどうのって話に関係してるのか?」
「えっ」

ボンっと音を立てる勢いで、顔に熱が集中する。
霞からの痛い視線に耐えられず、顔を伏せながらぶんぶんと手を横に振ってみる。

「あの…一応言っとくけど、違うんだよ…?」
「……お前って分かりやすいよな。ものすごく」
「あんたら、何やってんの?」
「え?」

まだ赤いままの顔を上げると、二階の階段からハチがぱたぱたと降りてきた。
霞があからさまに舌打ちをしたが、ハチには聞こえていないらしい。

「なんでもねーよ。お前には関係ない」
「はぁ? なんでそんな喧嘩腰なわけ?」
「なんで喧嘩腰なんだよ。普通に事実を述べただけだろが」
「ちょっと、なんで険悪になってんの…!」
「悪いのはコイツ。…つーかなんで七歌は顔真っ赤なの?」

ま、まだ顔赤いの!?
慌てて頬に手を当てると、掌がひんやりと感じる程度に熱が収束している頬。
ぺちぺちと軽く叩いてみるが、熱が引く感じはしない。
どうしたら治まるのか、混乱した頭で考えていると、ハチが眉を顰める。

「まさか…霞、何か言ったわけ? 愛の告白とか?」
「なんでそうなるんだよ…ねーよ、確実に」
「ふーん。…で七歌、時間は大丈夫なの?」
「え?」

顔を上げる、と時計の長針は"10"を指していた。
え? と思わず目を擦ってもう一度時計を見てみる。
短針はもうすぐ"11"にくるところ。
その間たっぷり10秒の間をあけて、七歌は思わず飛び上がった。

「うわぁあぁ!」
「な、なんだよお前」
「ど、どうしようあと10分しか…ああぁあぁ全然準備してないよぉおう」
「ほら急ぎなさい!」

ばんばんと背中を叩くハチに押されて、あわあわと二階の自室を目指す。
ぼんやりとそれを見送った霞は「おいまだ話…!」と七歌の後を追おうとするが、それも耳に入らない。

「安心しなさい七歌! このバカの足止めはアタシに任せて!」
「八王子てめ…! バカはお前だろ単細胞!」
「誰が単細胞よ、やんの!?」
「こっちの台詞だ!」
「手加減しないわよ! 今日という今日は…!」
「ちょっと二人とも、喧嘩はやめてよー!」

階段を昇りながら叫んでみるが、スイッチが入ってしまった二人には多分聞こえていないだろう。
だけどそれよりも、今は目の前の待ち合わせの方が大事。


――今度、……出掛けようか。


頭の中でリフレインされた言葉に、少しだけ心の中が温かくなる。

「…って!」

そんなことしてる場合じゃない、と七歌はクローゼットを開け放った。





20101128



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