含めた距離も愛したい(雲雀) 僕にとっての"当然"は、彼女にとってはそうではないらしい。 七歌、と名前を呼ぶと、少女は至極驚いた顔でこっちを見つめていた。 「…恭弥くん」 「明けましておめでとう」 「あ、明けましておめでとう、…ございます」 「今年もしっかり働いてもらうよ」 「え、あ…はい、頑張ります」 少々戸惑った様子で頷く七歌。 違う、僕はこんなことを言いにきたわけじゃないんだ。 そう思うがこの口がなかなか思ったことを喋ろうとしないから、その間はお互いに無言で、ただ時間だけが過ぎていく。 こんな事に動揺する自分が自分らしくない。 心の中で舌打ちをした恭弥は、ふと両手に抱えられた大きなビニール袋を視界に入れた。 「…それ、どうしたの?」 「あ、お節料理の買い出しに…」 「もう元旦だけど」 「十分作ったつもりだったんですけど…今朝でほとんど食べつくしちゃって…」 「なにそれ」 「い、いいじゃないですか!みんな食べ盛りなんですよ!」 「…ま、別に何でもいいけどね。…ところで、持ってあげようか、それ」 え?ときょとんとした表情でこちらを見る七歌に、むっとする。 なにその意外そうな顔。 意味もなくむかついて、その手から勢いよく荷物を引っ手繰ると、七歌はごめんなさいだの何だのと言って騒ぎだす。 「何か文句あるの?」 「え?いや…ないですけど、それ結構重、」 「君を担ぐよりは軽いよ」 「な…そ、それ…!」 「また太ったんじゃないの?」 さっきのお返しとばかりに、横腹をつつきながらにやりと笑う。 すると対照的に顔をこれ以上ないくらい真っ赤にした七歌は、太ってないですよ、と声を荒げて手を振り回してくる。 容易く避けてやると、今度は七歌がむぅと眉を顰めた。 怒らせたかな、と思ったが、面白いからやめない。 「…恭弥くんはもしかして、風紀委員の巡回ですか?」 「……似たようなものだよ」 「そうですか。風紀委員ってやっぱり大変ですね」 「…君も風紀委員でしょ」 そう言ってやると、今頃思い出したように「そういえばそうでした」、と言うのだから呆れる。 と、そこまで考えてから、自分には言うべきことがあったのだと思いだす。 なんだかそのタイミングを見失った気がしないでもないが、このままではただの荷物運び役になってしまう。 何がなんでも言わねば、と悶々としていると、あ、と隣の七歌が声を上げた。 また自分と殺し合い希望の馬鹿だろうか? ここに来るまで数十人単位の不良をぶっ飛ばしてきた男は、鋭い双眸を前方に向ける。 「……なんでアンタがいるわけ?」 「ハチ」 「…」 目の前にいたのは、八王子とかいう五月蠅い猿女だった。 嫌悪感丸出しの表情でこっちを見るが、嫌なのはこっちも同じだ。 何ゆえ元旦に、こんな馬鹿みたいな女と会わなければいけないのか。 「ハチ、どうしたの?買い物?」 「あ、ううん。アンタが買い物行ったって霞に聞いて、荷物重たいかなと思ったから追いかけたつもりなんだけど…。なんだ、荷物持ちいるんじゃない」 「誰が荷物持ち?」 「アンタのことよ、どこぞの風紀委員長さん。えーと名前は、あら?スズメだったかしら?カラス?」 「……頭の弱い猿女は人の名前もマトモに覚えられないんだね」 「…アンタだってアタシの名前覚えてないじゃないのよ!いつも猿サルって!」 「興味ないから覚える必要がない」 「…へぇえ…新年早々いい度胸ね…!」 「それはこっちの台詞だよ」 「ちょ、ちょっと道端でそういうのやめて…」 一触即発の雰囲気になったところで、七歌が止めに入る。 仕方なくお互いに武器を引っ込めて、ついでに持っていた荷物を猿女に突き出してやった。 「それはそうと…アンタらデートでもしてたの?買い物デート?」 「えぇ?ち、違っ!たまたまその辺で会っただけだよ…!」 「へー、"たまたま"、"その辺で"、ね。胡散臭いことこの上ないわね」 「ほ、本当だってば!ねっ、恭弥くん!」 「……」 「ちょ、え、なんで黙るの?」 「無理やり口裏合わせなくてもいいわよ」 合わせてないよ、と叫ぶ七歌だけがひたすら慌てていて、それが何となく面白いのでダンマリを決め込む。 八王子は七歌と恭弥の顔を交互に見つめると、一つ溜め息を吐いて、それじゃあさ、と面倒臭そうに言葉を紡いだ。 「"たまたま"ついでに初詣にでも行ってきたらいいじゃない。"たまたま"初詣デート」 「や、だからデートって…。それに恭弥くんは群れてるとこ嫌じゃ」 「…いいから行くよ」 「え?ど、どこに、えっ?」 七歌の手首を掴まえて、さっさと歩きだす。 意味が分からないといった七歌の声も全部無視して、ひたすら歩く。 今日も平和ねぇ、と忌々しい猿女の声が遠くで聞こえたが、腹が立ったので無視をした。 含めた距離も愛したい (僕が言いたかった言葉) title by opaque 20100101 |