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眠り姫に口付けを1
一週間くらい前からだろうか。
昼休みになると決まって、ここ応接室に歌が聞こえてくる。

透き通った女の声。
聞こえてくる曲は国もジャンルもばらばらで、知っている童謡が聞こえてきたかと思ったら、次は言葉も知らない異国の音楽だったり。
一人で歌っているようだから合唱部の練習でもないらしい。

だから雲雀恭弥は、今日も応接室の窓を全開にして、歌を待つ。

…ほら。いつものように聞こえてきた歌声。今日の曲は、……




この屋上という場所は、七歌がこの並盛中の後者の中で、いやひょっとしたら並盛町のありとあらゆる場所の中で、一番のお気に入りだ。

転校初日に見つけて、以来保健室へ行くと嘘をついて授業をさぼるときや昼休みは必ずここに来ている。
眺めもいいし誰も来ない、まるで自分だけの秘密基地。

風を肌に感じながら覚えたばかりの歌を口ずさんでいると、横から男の声がそれを遮った。

『…その曲は始めて聞きますね。…なんですか、その変な歌詞は』

七歌は歌うのをやめて苦笑する。

「この学校の校歌だよ。変ってそんなきっぱり……まぁちょっと変だけど」
『ちょっと? かなり…いや、物凄くの間違いではないですか?』
「そう言わないの。けっこう面白いじゃない」

わたしは好きだよ、と笑うと、わたしは嫌いです、と冷たい声が返ってくる。

喋っているのは、七歌の足元に置いてある小さな鏡だった。
自我を持って話し、この世のありとあらゆることを知っている『魔法の鏡』。

七歌は校歌の続きを口ずさみながら、ここに来る途中に購買で買ったアップルパイと手作りの弁当をいそいそとカバンから取り出す。
そしてふと思いついたように訊いた。

「そういえば沢田くんと獄寺くん、どうなったの?」
『退学は免れたようですよ。…その影響で校庭が素晴らしいことになってますが』

フェンスに手をかけて、真っ二つに割れた校庭を覗く。
しばらく外での体育は中止になりそうだ。

「ねぇ、そういえばさ…あれ、失敗だったかな?」
『なにがですか?』
「なにが、って……」

中のアップルパイを潰さないように袋を開ける。
大きく口を開いてかぶりつこうとして、

同時に一人の少年が、屋上に入ってきた。

「……」

並盛中の男子生徒はみんなブレザーのはずなのに、少年が羽織っていたのは真っ黒の学ランで、彼が只者でないことを直感する。
少年は屋上を見回して、誰もいないことを確かめてからこっちへ真っ直ぐ歩いてきた。

学ランと同じくらい真っ黒の髪。
呆けた表情で見つめていると、少年はぴたりと足を止め、その鋭い目ですぐ前にいる七歌を見下ろして、静かに言った。


「……きみ、一人?」

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