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Bunny barney (長編)
03


 片づけを終えたらしいユキが自室に帰ろうとすると、偶然廊下で沖田に鉢合わせた。

「あ、総悟じゃない」

「噂のユキさんじゃあねェですかィ。百人抜きで土方さんに説教されたって聞いたときゃ、腹がよじ切れるかと思いましたぜ」
「え、なんで知って.......あなたもお姉ちゃんも、ひどいんだから全く……」

ぼやくように言った困り顔の少女に、総悟は飄々とした様子で口角を上げた。

「あ、そうだ、総悟、お姉ちゃんをちゃんと訓練に参加するように......って、あなたもサボリの常習犯だった」

「俺はその辺の奴には負けねェからいいんでさァ」
「ず、随分な自信ね」

「だが、弱くて負ける癖に来ねえってことは、そもそも真選組に居る気がないんだろィ。そういうヤツは、一言言ったくれェで変わりゃしねェよ。よっぽど痛い目見させるかでもしねェとな」

ま、アンタが気負う必要はねーと思うけど、と総悟は興味なさげに言い放った。

「う……でもお姉ちゃん、今ではこんなんだけど、昔は、とってもいい子で。怪我した私を助けてくれたり、勉強を教えてくれたり、私が泣いていたら、いつも傍にいてくれた。確かに、隊の皆にはちょっと態度が悪いし、ろくに練習にも参加してくれないけど、でも本当に優しいお姉ちゃんなの。だから私、お姉ちゃんが悪いように言われるのが許せない」

私にはない気の強さがあって、いつも元気でかっこよくて、可愛いお姉ちゃん。

「アンタがなんでそんなにヤツを庇いだてすんのか知らねーが......たとえアンタの言うことが本当だとしても、あいつが気に食わねェのには違いねェ。俺はあいつを仲間だとは認めない」

そんな、ユキは反論しようと口を開けようとする。

酷いけれど、確かに、彼の言うことは一理あるかもしれない。でも私には庇う気も、守る気も、そんな気高い思いなんてない。純粋に理解して欲しいだけなのに......。私とシノお姉ちゃんの距離はこんなに近いのに、お姉ちゃんと彼の間には大きな壁がある。きっとそれは、他の隊士とも違わないのだろう。

お姉ちゃんはいつも私にべったりだから、だから誤解されるのだろうか?

「決めた、わたし、姉立ちします」

閃いた、とユキが顔を上げる。この娘、何か少しばかり考えるところがずれちゃいないか、と総悟は彼女の結論に釈然としなかったが、なにやらすっきりとした様子なので、何も言わないでおこうと黙った。

「ごめんね引き止めて、急いでる?」
「いや、厠行くとこでさァ」

 ユキが夕食を終えて部屋に戻り、床についた頃――その話題の主もようやく自室の扉を開けた。

 六畳少しの部屋は、物が少なく人が住んでいるとは思えないくらい質素で、しかも夜であるために不気味だ。女であることを理由にユキと同じように一人部屋を与えられたシノは、そのしんとした部屋に入り、真っ暗な下で手元を照らすためにカンテラに火をつける。長い息を吐き、緊張が途切れたように、引いていた布団に倒れこむ。そうして着ていたシャツを脱ぎ、下着だけになる。ぼうっと低い机の上にある時計を見つめる彼女。針は夜の十一時を指している。

「はぁ……ギャルって、ほんと、疲れる」

 むくりと起き上がり、備え付けの洗面台でメイクを落とす。タオルで水分を拭き取ると、畳んで置いて袴を手にとって着替える。明かりに照らされるその姿は、年相応の、細い少女。昼間の彼女とは似ても似つかない。いったい誰が、彼女のこんな姿を想像できるだろうか。

 気だるそうにして、明りを消してまた部屋をあとにする彼女。寝静まった宿舍を抜け出すと、そこから離れた道場まで移動する。何やらぶつぶつと呟いて、彼女は道場の周りを走り始めた。どうやら、今から何かするつもりらしい。およそ一時間、走り続ける。額の汗を拭うと、ようやく下駄を脱いで道場へと足を踏み入れる。そして、筋トレを始める。刀を振り始めたのは、それからまた一時間経ってからのことだった。

 何時間、経っただろうか。荒い息が彼女の疲労を物語っているが、一向に、素振りの、刃が風を切る音は止まらない。

「全然、こんなんじゃ、全然駄目……はぁっ……はぁっ……こんなんじゃ、いつまで経っても、ユキに勝てない……ッ」

 素振りをしながら、彼女は昼間の、百人切りをしていたユキの動きを思い出していた。優雅で、美しく、それでいて隙のない、完璧な身のこなし。構えは崩れることがなく、どんな攻撃をも回避を可能にする体の柔らかさ。正に天才のそれ。間近で見ていただけに、いかにそれが素晴らしいかが理解できる。

 シノの実力は、武闘派揃いのこの新選組で、どれだけ大目に見ても、下の中がいいところだった。勿論、この年代の少女と比べれは、比較にならないほどの技術を持っていることは否定しない。だが、そんなことは言い訳にもならないことを、彼女はよく知っていた。弱ければ死ぬし、彼女も任務中、何回も傷を負った。

 ユキは未だに、シノはきちんと鍛錬を積めば自分と同等か、それ以上の実力があると彼女を評価していた。――その実、毎日こんな鍛錬をしても、ユキに数秒で負けてしまうのだから、なんとも笑える話だ。

 こんなんじゃ、守ることすらできやしない。

 崩れ落ちそうになる膝をぐっと持ちこたえ、少女は剣を振った。

 気づくと、陽光が射していた。壁に背を預け、座り込む少女は汗だくで、髪も顔に張り付いている。道場を後にすると、全身に張り付く布が気持ち悪く、離れにある風呂へと行く。誰にもいない早朝の風呂を焚いて入れば、疲労がほぐれていくようだった。彼女は、見たこともないような至福の笑みを浮かべてまどろんだ。彼女の腕には、ミミズ腫れと切り傷が何本も。足のすねには、真っ黒い青あざ。背中や肩には刀の傷跡が有った。手は豆と、それが破れた血が滲む。

「〜っ!」

 体を洗うと滲みるようでそんな悲鳴が木霊した。シノは風呂から上がると、乱暴に髪と体を拭いて、真選組の隊服のシャツに袖を通した。脱衣所の鏡の前に座り、幼い顔にファンデーションを塗り、アイラインを引き、マスカラを使ってまつ毛をこれでもかとボリュームアップさせる。頬にはチークを塗り、顔を彫り深く見せるためにノーズシャドウを使う。最後にピンク色のグロスを唇に塗ると、そこには立派なギャルがいた。

 足の痣はファンデーションとストッキングで隠し、腕は長袖なので問題はないが、手を隠すためにアームカバーでもつけておく。どうせ真選組のやつらはお洒落()などということは何も理解できないのだから、多少変でも流行っていると言えばそれまでだろう。

「よし、今日も頑張ろう」

 私は辰巳シノ。辰巳ユキを引き立たせるためだけの、不出来で、馬鹿な姉。彼女を守り、彼女の目的を果たすために。それ以外に私の生きる理由なんて、無いのだから。




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