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Bunny barney (長編)
02

「おお、トシか。昼食時にスマンなぁ」

 近藤は、人の良さそうないつもの笑みで、訪れた土方を部屋に招き入れた。

「それで、どうしたんです近藤さん」

土方は机を挟んで、近藤の前に腰をおろす。

「最近どうも、攘夷浪士達に妙な動きがあってな」
「またアイツらが問題を起こしやがったか。妙な動き……と言うと?」

面倒くさそうに目を細める土方。彼はいつもそういった攘夷浪士関係の仕事を任されていた。今回も何か事件が起こったとするなら、それは彼が解決しなければ問題であるはずで、近藤が申し訳なさそうに土方に言うのも、わけはなかった。

「この歌舞伎町付近で、攘夷浪士による天人狩りが流行っているらしい」

まだ、らしいというだけの話で、いったい誰が首謀者なのか、何が目的なのかは不明であるというのが、事件の不透明さを際立たせていた。迅速な対処とをという情報だけ伝わっている。そのことだけが、幕府も天人狩りを見過ごせないというのだけは、推測できた。

「天人狩り? ......というと、そうピリピリと俺らが警戒する必要は無いように思いますがね。何もわかっていないとあっちゃあ、そこに大勢人員を割くわけにもいかねェし。俺等がやれるのは、情報収集を地道にやるとしか.....とりあえず、山崎にやらせます、期待はしないで欲しいですが」

「となるとだなぁ」

近藤は唸った。

「うちよりは見廻組や、御庭番衆の方が適任に思えるが……」

「あいつらが、そんなことで動くかねェ。それに、上は事件を起こした犯人が公の場で罰せられる方が都合がいいのでは?」

「幕府が対処したという証拠が欲しいといったところか」

天人が地球人に殺されているのを、幕府が何の対策も取らないというわけには行かない。何であれ、天人狩りの犯人は、公に"裁かれる"必要がある。松平のおやっさんも、随分と遠まわしな言い方をしたものだ、近藤はそう土方の言わんとしていることを理解した。

本当に早期解決を望んでいるのなら、うちに頼むべきじゃない。だが、御庭番衆も見廻り組も、本来幕府を守るための組織。犯人もわからないから丸投げとは、また幕府に厄介事を押し付けられたものだと土方は思う。

「それと、これが資料だ」

土方は渡された書類を受け取った。

 部屋を後にすると、直ぐに土方はタバコに火をつけた。近藤が渡した事件資料には、判明しているだけで五件の天人の殺害事件が記載されていた。日付は、等間隔で、いずれも刀を用いて殺されている。さっと目を通して、午後の鍛錬が終わってからじっくり読み直そう、と土方はぺらぺらとページをめくった。――そのうちの1ページに、気がかりな犠牲者の記述があるまでは。

「……夜兎族」

 土方は顔をしかめた。そして、知り合いのチャイナ娘の顔が頭に浮かび、年齢三十八、と書いてあるのを見て少し安堵した。夜兎族といえば、宇宙最強の戦闘民族――そんな奴が、一太刀で殺される? とてもじゃないが、考えられやしない。よく見れば、五人はいずれも戦艦技術の発展した竜人族や、攘夷戦争時に武功を買われて前線に投入された焔孤族。そして少数だが甚大な被害を齎したという夜兎。こんなやつらが無防備に殺されるなんてことがありえるだろうか。明らかに、相手は実力者だ。恐らく攘夷戦争の生き残り。

 しかし、一つ腑に落ちないことがある。なぜ今になって天人を襲う? 今まで、物陰でひっそりと牙を研いでいたとでも言うのか。しかしこれは、一種の悪質なテロでもあり、真選組の威信に関わる。

 近いうちに、多くの血を見ることになりそうだ。土方は資料を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。吸殻を投げ捨て、足で火を消す。彼がニコチン中毒を悪化させるのも無理はなかった。









 一方、道場では午後の鍛錬が行われていた。木刀を使っての素振りをする隊士たち。道場内はむさ苦しい汗の臭いが充満している。――その中に、少女が一人。

「はぁッ!」

 長い黒髪を高い位置に結い、練習着の袴に着替えたユキが竹刀を振るう。

「おぉ、やってる〜」

「お姉ちゃん」

 姉の声がして、彼女は外を見やった。開ききった引き戸から覗き込むのは隊服のジャケットを脱ぎ、白いシャツとスカートだけという服装のシノ。ユキはもう、と困ったような顔をする。

「サボっちゃダメだよ」

子供にたしなめるようにユキは言った。

「え〜けち〜」

 けらけらと屈託なく笑う様子に、早く着替えておいでよ、と催すユキ。そんな二人を、周囲はちらりと見やって、またかと呆れる。シノが鍛錬に来ないことなど、いつものことだった。

「じゃあ、ユキが百人抜きでもしてくれるんなら、しようかなぁ〜?」

「……本当に?」

「ほんとだよぉ、マジでやってくれるなら、あたし、ちゃあんと訓練するってぇ」

 ――お前、絶対やる気無いだろう、そんな視線が彼女に向けられる。しかしユキは馬鹿げた提案を呑んで、道場内での隊士百名余りと竹刀で戦うことになった。いつもなら、シノを咎める副長は居ない。その中には、隊長格までも混じっている。

「じゃあ、遠慮なくみなさん、かかってきてください!」
「は、はい!」

「あの……俺、最近来たばっかなんですけど、あの人って何なんです? お、女の子じゃないですか……」

「バカ、おめェ知らねえのか!? あの沖田隊長と一二を争う剣技の持ち主――辰巳ユキ三番隊隊長だぞ! 手合わせできるたぁ、俺たちは幸運だな」

「た、辰巳!? そりゃ、武家の名門中の名門じゃねえですか! ……じゃ、じゃあ、あの横で見てるギャルの人は?」

「そりゃあおめぇ、辰巳シノっていう、恐ろしい女だ。話しかけると噛み付かれて、あのよく回る口で精神を折られるらしい。あいつに関わるのは、やめておけ――ま、ここだけの話。辰巳家は、ユキ隊長を真選組に入れ、名声を立てることを条件に、厄介払いとして不出来な姉を押し付けたらしい。だから大きい顔をしても、ユキ隊長や家のおかげで平気でいられる。コネで居られるたァ、まあ偉ぇこってな」

 ここだけの話、とは銘打っているものの、そのことは隊士の殆どに周知されていた。事実か、そうでないかは関わらず。新人隊士は、真選組の闇を垣間見た気がして、はぁ、としか答えられないでいる。

「じゅう、いち!」

 息一つ、乱れてはいない。少女の足元には、倒れ付した屈強な男たち。思わず、話していた二人は感嘆の息を漏らす。流れるような優美な剣さばき、少女とは思えぬ斬撃の速さ。

「さぁ、どんどん行くよ!」

 新人隊士はその鬼神のごとき強さにごくりと息を呑む。沖田隊長クラスというのも、あながち違ってはいない。両手で握り締めた竹刀を振りかざそうと、踏み出して、少女の元へと挑みかかる。
 刀を振るう前に青年の意識は、ふっと消えた。何が起こったのか分からないまま、青年の体は地面に倒れた。

 「そんな風に言われてるんだ」

 新人隊士とその先輩にあたる二人の会話に聞き耳を立てていたらしい。シノはくすりと笑って、刀を振るう妹を、何か含んだことがあるような目線でじっと見つめていた。――やがて、一刻ほど経った頃。

「九十九、百!!! ……はぁっ」

 切り上げた男が宙に浮き、落ちるのを待たずに、竹刀を降ろす。やがて百人目に倒された男が床に転がると、数名残っていた隊士達が拍手をし、お疲れ様です、やら、スゲェ、やら、今度剣の指導をしてください、とか。好きです、とか。そうユキに声をかける。

「おつかれ〜」

「これで訓練、受けてくれる?」

「え、なに、びっくり〜ほんとにやっちゃったの? 受けるわけないじゃん! ただの冗談に決まってるのにユキってば〜!」

 ユキの悲しそうな様子に、非難を含んだ周りの視線がシノに集中する。対する彼女は、その金髪の毛先をくるくると指で弄び、スマホを見ている。

「そんな、お姉ちゃん……」

 その様子に、シノはけたけたと笑って背を向ける。


 ――その瞬間、勢いよく戸が開かれた。

「お前等ァ! 何をやってるかと思えば……!」

「ひィ! 鬼の副長だ!!」

「勝手に百人抜きだァ? この床舐めてる隊士どもどうする気だバカ!」

「ご、ごめんなさい……」

「あたし、しーらないっと」

「お姉ちゃん!? ちょっと、どこ行くの、あっ、待って、ちょっと!!」

 また土方副長に怒られる、ユキは意気消沈した様子でその場に座り込んだ。長い説教が終わったあと、彼女は倒れているものの介抱を言い付けられたので、一旦練習は中断された。一人ずつ意識を覚まさせて、起きないものは部屋まで運んでいると、あっと言うまに日が暮れてしまった。




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あきゅろす。
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