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Bunny barney (長編)
04
真選組入隊試験の日だった。

俺等が武州から出てきたのはついひと月前のことで、近藤さんから真選組を作るなんていう話を聞いたときはアホくせえと思ったものだが、来てしまえば、こちらの暮らしにも慣れてきた。結局、江戸を守るなんてそういう大義は似合わなさすぎて、どうもしっくりこなかった。だけど、俺は刀を振るうことしかしてこなかった。今も昔もやっていることは変わらない。でも、どこかでそれでいい、と思っていた。

故郷から連れてきた人数は二十と少し。組を組織するには些か数が足りない。どいつも見慣れた連中で、腕っ節に自信のあるやつばかりだった。俺から言わせれば、その自信は少しばかり過大評価だが、全員に背中を預けてもいいと思える、そんな奴ら。きっと、自分たちの実力がどんなものか測ろうとする気持ちもあったのだろう。隊士を二十人余り新しく入れよう、となったのは当然の成り行きだった。元からそのつもりだったらしい近藤さんだが、俺は不服だったことを覚えている。

 そんなことは露も漏らさなかったけれど。故郷の仲間意識――それが部外者に乱されるのが俺は嫌だったのだろう、近藤さんには反発しないが、入隊試験とやらではどんな奴でもボコボコにしてやろうと決意した。そう決めてからは真っ先に入隊試験の実技担当に志願して無理やり担当を変えさせ、実技を木刀を使ったものでなく、一対一の真剣勝負にした。

 そんなこんなで、面倒事は全て土方さんに押し付けたあと。

 茹だるような暑さ――受付の前には汗臭そうな野郎どもの顔。それだけでもイライラするってェのに、応募人数が多すぎて一向に受付が終わらない。――奇妙な子供に会ったのは、少しばかり気が立っているのを鎮めるために、木陰で涼をとっていた時のことだった。

 おどおどした様子で、門をくぐって入ってきた、十かそこいらの子供が二人。一人は長い黒髪で、意志の強そうな金色の瞳が印象的な少女だった。あとをついて来たもう一人は背の丈が低く、髪は色素の薄い茶色をしている。全体的に色の薄い子供で、夏の日差しにぼんやりしていた。

 どう見ても、良家のお嬢様が、おっかなびっくり従者の少年を連れて遊びに来ているようにしか見えない。つい、腹の苛立ちをぶつけるように言い放つ。

「あァ? 何でィ、冷やかしか? 帰んなァ」

 きっと挑発じみた言葉だったように思う。すると驚いたことに、お嬢様らしい“黒髪の”少女がきっとこちらを睨んで言い返してきた。

「本気よ! それに、何なのその言い方は?」

 ――どこかで、見たような瞳。顔の作りは繊細で、垂れ下がった目尻なのに、気の強そうな瞳。こんな顔の娘を俺はどこかで知っていた。面識があるのだろうか? あ、とハッとして、もう一度少女の顔を見る。髪の色や目の色、雰囲気こそ違うが、顔立ちが姉上と似ている――いや、ないない。こんなヤツが俺の姉上に似ているなんてことがあるものか。俺はいつもの調子に戻り、軽口を叩いた。

「こんな小さいのが真選組たァ、世も末だなァ」
「はっ…はぁ!? あなたも、私たちよりちょっと上くらいじゃない!!」

 少女が顔を赤くして言い放った。

「ユキ、熱くならないで。あの、入隊試験……って、具体的に何をするの?」

 少年が少女をユキと呼んだ。声変わりが終わっていない少女のような声の少年だった。入隊試験――その言葉でまた先程の気分に引き戻され、また、つい人を馬鹿にするような発言が飛び出る。――本当に、つい。

「それを知らずに此処まで来たと、お前等本物のバカなのかィ? そりゃあもちろん、隊員との手合わせよ。うちの入隊条件なんて強さ以外に必要なものなんてねェからな」

 そう言えば食い下がるだろうと踏んだものの、おかしなことにユキは更に俺に突っかかった上に勝利宣言までした。いらついた気分がそれを通り越して呆れになると、ふと少年の方がこちらをじっと見ていることに気づく。――嫌な目だ。人を品定めするような――、そこで、つい少年を睨んでいたらしい。少年は怯えたようにしどろもどろになって視線を落とした。浴衣の裾から見える足首が、棒きれのように細い少年。――なんだか興味が失せて、俺は一人道場の裏庭のいつもの場所へと足を運んだ。

「時間ですよ、沖田さん、またこんなところで昼寝して」
「……何でィ。もうそんな時間か……」

 一眠りしてしまったようだ。俺は山崎と共に道場の中へ入った。――入隊希望者の目線が突き刺さる。俺はそいつ等を一瞥して、近藤さんの横に立つ。しん、と建物内が静まり返る。そんな中、土方さんが、いかにも面倒臭いといった様子で頭をかいた。

「これより、真選組入隊試験を開始する。山崎、説明」
「あっはい!……えーと、実技担当は、此処にいる土方さん、沖田さん、近藤さんの三人。道場内で試合形式で剣技を見ますので、ここに並んでくださいね。剣技は、最低限のレベルに達していないと判断されたら、その時点で終了。受かったものは、実力に適した部隊に配属が今日中に決まります。諜報部隊配属希望の方は、実技に加えて、あとで僕、山崎が面接を行います。はい、では。これで説明は終了です。質問はありますか?」

「話には聞いてたけど、本当に真剣で戦うのかよ……」
「頭おかしいんじゃねえのか……死人が出るかもしんねぇのによ」
「よせよ、所詮田舎侍の言うことだ、死人が出るような強さじゃねぇよ、俺等をナメくさりやがって……」

 ざわついたままに、新選組入隊試験は始まった。

 ――正直言って、期待はずれだ。どいつもこいつも、形だけで、足腰の強さがない。俺が担当するのはざっと四十人。約半数が終わったところだ。最初の一人目は勢い余って剣先で相手の刀を吹っ飛ばした上に折ってしまった。ぼっこぼこにしてやろうという思いはあったものの、それでも手加減してやっている方だ。ぎりぎり、最低限構えをとって受け止めた奴は合格。何度でも向かってくる諦めの悪い奴も合格にした。それでもまだ三人しかいない。

 さして興味もないが、俺を倒すと息巻いていた男の刀を白刃で押し返すと、そのまま床に転がった。

「はい、お前失格。次……お前、さっきの子供じゃねぇか」

 現れたのは黒髪の少女だった。真剣を手渡す。

「……負けない」

少女の表情が変わった。

「じゃ、はじめ」

 まず見るのは、構え。腰を落として、左足を引く。子供にしては中々筋がいい。変に緊張して弱腰にもなっていないし、落ち着いて、相手の挙動を観察している。俺は軽く踏み込み、まずは一手交わそうと懐まで距離を詰める。――正直、予想外だった。相手の返しは、横なぎに刀を振るったのだった。当然胴はがら空きだし、横に刀を振るえば、体格の違う相手には力負けする。だから悪手であるはずだった。少女は、しっかりと俺の刀を受け止めた。力で押し返すことはしない。高い音――金属の擦れる音。少女の剣はすっと俺の一本を受け流した。そのまま少女は更に前へ踏み込む。次は何か、足元からの払い、いや、違う、突きだ!

 横に躱し、刀をはじくと共に、空いた胴から左肩にかけてを狙う。斬撃に少しよろめいた少女は、足元の重心が右に傾いていた。勢いよく火花が散って、剣先と剣先がぶつかる。重心を崩したはずの少女の体がふわりと浮いたかのようにバランスを取り戻し、右手にあった刀はもう左肩を狙った俺の刀を弾く。今のは、ぎりぎりだったようだ。

 にやりと口角が上がる。あぁ、こいつ、俺を本気で倒そうとしていやがる。少女の目も、期待と、嬉しさに満ちていた。こんなにも私と互角に戦える者を、初めて目にしたというように。

 真剣での打ち合いは続く。もう、殆ど試験のことは頭になかった。ただ、斬って、避けて、剣先を交えて、火花が飛んで――それだけのことが楽しい。

 きぃん、と一際高い音が響き、続いて、何かが壊れた。

「ああっ」

 試合で蓄積されたダメージのせいか、少女に貸出していた刀が折れ、砕けた。一瞬、呆気にとられる。刀を下ろして鞘に戻すと、汗が頬をつう、と伝った。

「合格」
「……やったあ!!!」

 満面の笑みでその場で喜ぶ少女に、次が詰まるから早く行けと伝える。

「そうだ、あんた、名前は?」
「えっ……!? た、辰巳ユキ」
「……辰巳ってェと、あの“辰巳”。……いや、何でもねェ、早く行きな」

 ――ユキ。辰巳ユキ。ははァ、なるほど。辰巳家といえば、攘夷戦争前には一二を争う武道の家柄。今は名ばかりが残る辰巳の娘が、あれか。

 だが、何故だかわからない。何故真選組なのか。そこまで辰巳家は、このような部隊に頼らざるを得ないまで落ちぶれたのか。――いや、それはない。従者を連れているようだし、何しろ着ているものが見ただけで上質なものだとわかる。では、武道の為だとでも言うのだろうか。

 あとで近藤さんにでも話しておこう。やはり、俺の考えるところではない。さっさと汗を拭って、次の入隊希望者の相手をしなければ――。

 そのあとのことは、その体験が強烈すぎて覚えていない。従者の少年がどうなったかも分からないが、気付けばいなくなっていた。辰巳ユキが真選組に入隊し、何故か、その姉である辰巳シノも、どんな手を使ったのか入隊した。

 なのに今はどうだ。俺の姉上に似て、おせっかいで、俺が好敵手だと認めたこの少女が。こんなにも簡単にくたばるはずがない。

 総悟は剣や刀ではどうにもできない歯がゆい気持ちを呑み、一旦病院を後にした。

 屯所に総悟が戻り、事態を把握するのにそう時間はかからなかった。辰巳ユキが襲われた現場をこの目で見たという隊士の一人がいたからだった。

「シノ!!!」

 数十名の賊どもに取り囲まれている辰巳シノを見つけて、ユキは脇目もふらずすぐさま突っ込んだ。そして、姉の背中に覆いかぶさり――背中を斬られた。

 満身創痍ながらも、ユキはすぐさま息を整えて相手の首を跳ねる。血に塗れながら、彼女はその場にいた十人余りを一瞬で始末した。それが終わるとすぐに、ユキはふらついて倒れたのだという。

 当然だ。それより背中にまともに一撃を受けて、動けることのほうがおかしい。

 隊士は付け加えて、辰巳シノは取り囲まれている、というより、そいつらと話しているように見えた、と言った。その目線には意味ありげなものが含まれていて、総悟は悟った。

 屯所内が騒がしいのは、このせいだったのか。あの女は内通者だ、裏切り者だ、誰もが口を揃えて言った。そして自分に対する扱いがぞんざいだと見当違いな怒りで、真選組に賊をけしかけ、あわよくばよくできた妹も殺してしまおうと企んでいたのだ。

 いままで、辰巳シノに対する噂は、何であれ、決して表立って言われるものではなかった。辰巳家に意見できないというのもあったし、何せ彼女はあの優しく強い三番隊隊長、辰巳ユキの姉だったからだ。

 しかし、その彼女に害をなすというのなら、どうだろう。

 シノに対する不満は表面化し、そして悪い方向に事実が改竄されていくのは当然の成り行きだった。

 雨は、まだ止まない。



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