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Bunny barney (長編)
03
 最初に感じたのは明瞭な痛み、そしてあたしは目を覚ました。ぐっと力を入れて起き上がろうとするも、左足の痛みのせいでうまくいかない。四苦八苦するも諦めて、ようやくここが医務室のベッドの上だと気付いた。白い壁、並んだ棚には薬品が並べられている。

「……あ」

意識を失う前の出来事をようやく思い出して、思わず口を両手で覆う。まさか、どうして。そんなことが頭を埋め尽くす。……なぜ、あたしは生きているんだろう? 妹は、屯所は、どうなったんだろう?

 するとその声に気づいたように、医務室のカーテンが開いて二人の隊士が顔を出した。

「あの、どうなって」

 言い終わらないうちに、隊士は起きろと冷たい目線で見下ろし、言い放った。その言葉には、明らかな敵意が含まれていることがわかる。今まで、嫌悪とか、馬鹿にされるとか、そんな人の目はたくさん見てきた。けれどここまで明確な敵意を向けられる意味がわからなくて、あたしは何も言葉が出なかった。

「早く起きろ」
「どこに、行くの?」

 またもや催促されて、行き先を訪ねた。本当はもっとたくさんのことを聴きたかったけれど、隊士の表情を見れば、そうもいかない。

「……言う必要はない」

 とまあばっさり切り捨てられて、落胆する。痺れを切らしたのか、一人の隊士があたしの右腕を引っ掴み、上半身を起こさせる。喚きながら抵抗するあたしを一瞥して、今度は目も向けずに体の向きを変えて、もう一度右腕を強く引っ張る。

「ちょっと、痛いって!」

 無視されて、無理やりあたしはベッドから引き離される。床についた包帯を巻かれた左足が、悲鳴を上げた。それでも彼らは待ってはくれない。左足を庇いながら、半ば引きずられるようにしてついて行くしかなかった。痛みに声を上げるたびに、面倒臭そうに隊士はさらにその足を速めた。

「まさか」

 留置所に行くつもり? どうやら留置所に行く道を進んでいるようで、息を飲みこんだ。どういうことなのと聴こうにも、隊士は相手をしてくれない。ようやく着いたと思った頃には、両手を縛られて、留置所のコンクリートでできた冷たい床にゴミみたいに転がれた。痛みにあたしは丸くなる。そのうちにあたしを連れてきた二人は留置所の一室の扉を占めた。

ここ真選組でいう留置所とは、容疑者の尋問、または重要参考人に詳しく話を聴くための用途や、現行犯の罪が決定するまでの収容所として機能している。牢屋のような鉄格子はなく、質素な小部屋が連なった施設だった。そのひと部屋に放り込まれたのだと理解した。だけど依然、なぜこうなったのか――それだけが理解できなかった。

扉が開く。

「辰巳シノだな。これから質問することに嘘偽りなく答えろ」

 姿を見せた副長は、いつも罪人に問うように言った。その瞳には何の表情も浮かんでいない。ゆっくりと上半身を起こして、副長と向かい合う形になる。

「屯所の警備なのが手薄なのをいい事に、今日の午前十一時ごろ、約三十名の賊が侵入した。知っているか?」
「……はい」

 この場は素直に、質問に答えたほうが良さそうだ。

「宿舎の裏手の、資材搬入用の入口からだ。ちょうどあんたの部屋に面するところのな」
「それが、どう」
「外には見張りが複数居たにも関わらず、だ。おかしいと思わないか」

「つまりあたしが……その賊達の手引きをしたんじゃないかって?」
 
 それだけでそう判断するのは些か短慮じゃあないか。連れてこられるときの扱いや、あの時のことも知らないで、と怒りがこみ上げる。

「それは、おかしいです。あたしはやってない」

 いくらあたしがいつもこんな態度だからって、そんな良識に反することはしない。そこまで馬鹿じゃない。すると副長は懐から煙草を取り出し、ライターで火をつけた。一息つくと、何か書類のようなものを投げた。

「昨日、何をしていた」
「昨日? 昨日って……」

 はっとして、墓穴を掘ったと思った。昨日は、藤堂に言われ外出していたのだった。しかも、午後になるまでの行動を誰も知らない。

「説明できねェか。あんたがその裏口から出入りしてたって目撃情報もある。そして何より――」

 あそこで倒れていたのは、どう考えても“自分が容疑者にならないため”だとしか思えねェな。煙を吐いて土方は言った。

「そんな、違う、違う、そんなこと、知らない! 昨日のことは、藤堂に聞いたら分かるって!」
「……とりあえずテメーは重要参考人として、疑いが晴れるまでここでの生活だ」

 弁解の余地がなくて、視線を下に向けた。

「どう、なったんですか、そいつらは」
「戻ってきた一番隊や他の隊が殲滅した。逃げた奴もいるが……今は身元調査にあたってる」
「ユキは」
「あんたを庇って、それからその場にいた奴らを蹴散らして病院送りだ」

 ――そんな。ユキが、あたしを。守らなきゃいけなかったのに。あなたを守るために、戦ったのに。結局、なんにもできていない。勝手に一人でやれると思って、自分の実力も測れず、呆気なく倒れた。大声を出すかして、みっともなく助けを呼べば良かったのだ。余計なプライドが邪魔をして、あれだけあたしは頑張っているのにって、何の実力も持ち合わせていないくせに。

 悔しくて、どうしようもなく手が届かないことが羨ましくて、自分の責務も全うできないことが苦しい。その上に、ヘマをして、こうやって襲撃の手引きをしたと疑われる始末。何年も真選組で過ごしてきたけれど、あたしの弁解をしてくれる人は果たしていただろうか? きっとここまで連れてきた隊士のような憎悪の目と、副長のような冷たい目で見られるのだろう。

 ユキ。あたしの可愛くて優しくて強くて、天使みたいな妹。

 ほんとうにあなたは綺麗で、まっすぐで。そうしてあたしを惨めにさせる。

 ……やめよう。ユキを羨んでも何もならない。醜い感情を否定したかった。大丈夫、あたしはまだ頑張れる。ユキに敵わないなんて、とっくの昔にわかってた。だから、あたしはこの正しい妹を守るために、これからも生きていけばいい。

 たぶん、この疑いはそのうち晴れるだろう――そうも思わなければ、あたしは精神を保っていられそうにない。

「生憎、俺はテメェのことを誤解してたようだ、」

それは明らかな軽蔑の瞳だった。

「失望したぜ、あんたには」

 その一言が心に刃物のように鋭く突き刺さり、深い傷跡をつけた。向けられる冷たい瞳が怖い。ああでも、せっかく副長に、普通になった隊服を褒められたのにな。五年間も同じ真選組にいて、それでも誰も信用してくれないのかな。自分の行いのせいだと分かっていても、少しだけ悲しくて、涙が出そうになった。



 沖田総悟は部屋の前で立っていた。そこには緊急治療室と書かれた文字のプレートが光っている。そこには何者かに襲撃された屯所を守った、辰巳ユキが治療を受けているのだった。

 もう少し早くに帰っていれば、と総悟は思う。確かに屯所は手薄だった。だけどもう少しだけ、帰るのが早かったら、もっと迅速に対処できたはずだ。

 悔やむ感情は、彼女のことを思う心から来ていた。いつもなら、隊士の誰が怪我をしようと見舞いにすら来ない彼だった。そんな彼が彼女の運ばれた病院へと向かったのは、もう二度と大切な人を失いたくないという気持ちからだった。

 ――姉上に似てる。初めてそれを思ったのは、いつだったか。辰巳姉妹が入隊した五年前のことを思い出す。





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