Text 最後のことば‐3‐ 川がさらさらと流れ森の葉々がかさかさと掠れる。 そんな音が混ざり合う、静かな場所にサトシはひとり佇んでいた。 ―ここはおれたちが始まった場所だ サトシは土手にあぐらをかき、川の向こうを眺めていた。 ―そして、この場所で終わるんだ ふうと空気を逃がすと、そのうえに影が重なった。 「…サトシ」 もういくつもの月日が経っていたのに、おれは忘れてはいなかった。 いや、忘れるはずがなかった。 「…カスミ」 名を呼ぶと、彼女はおれのだいすきだった笑顔を見せてくれた。 ああ、やっぱりおれは。 …そう思ったが、そのあとは続けなかった。 ここで繋げたら、きっとおれは彼女を巻き込み落ち朽ちてしまう。 サトシは拳をかたくした。 タケシに背中を押され彼はカスミを呼び出したのだ。 はじめは拒否していたサトシも、会う理由や話す話題がどうより彼女に会いたい、その想いだけで今日を決めたのだった。 ただ、彼にもそれなりの覚悟があってのことだった。 「…ずいぶんと久しぶりね」 「…すんません、ずっと連絡しなくて」 「ふふ、責めてるんじゃないわよ。 それよりポケモンマスターの夢、叶えたんだね。 おめでとう。」 「…サンキュ。」 おれはくいと顔をあげた。 「…ほんとうに怒ってないのか?」 「何に対して?」 「…だから、ずっと連絡しなかったことに対してだよ。」 「ああ、それね。」 カスミはおれのとなりに腰を下ろした。 微妙な距離が、苦しかった。 「だって、サトシががんばってるの知ってたもん。 だってそうでしょう? あんた真剣になると周りが見えなくなっちゃうじゃん。 あたし、あんたのことよーっく知ってるんだから。」 ほんとう、かよ? おれは口をつぐんだ。 おれのぜんぶがわかるなら、それならおそらくきみは。 サトシはきゅ、と目をつぶり思考を整理した。 「…結婚、」 「え?」 「結婚、するんだってな。」 「…うん。」 カスミはうなずく。 どこかでみずポケモンの跳ねる音がした。 「…おめでとう」 「…ありがとう」 無言。 ちがう、こんなことが言いたいわけじゃあない。 お互い、ぎりと歯をきしませた。 先に空気を振動させたのは彼だった。 「…いつが式なんだ?」 「…手紙といっしょに式の招待状入れてたでしょう?」 「行けないんだ。 …行っちゃ、いけないんだ。」 彼女は訳を尋ねようと彼を見た。 俯いていて表情はわからないが、涙がぽろぽろと落ちている。 カスミははっと目を大きくした。 そしてそのまま空を見上げる。 もう辺りは己の髪とおなじ色をしていた。 カスミがひとつ流した涙も、それに染められていた。 090317 あともう少し、お付き合いください。 [Back*][Next#] |