Z

 そんな中、複雑な表情で立ち尽くしているのは、決してこの昇降機の不快極まりない音に顔を歪めているのではなく、これから先──すぐ先に会うであろう、弟に対しての疑問と苛立ちからなる心境の現れからであった。
 昇降機から降り、外へと続く扉を足早にくぐり抜けると、空から降りかかる射抜くような強い日差しが襲いかかる。
 既に夏季を思わせるくらいの気温だったが、その暑さを忘れさせてくれるのが、広大な城の敷地内に造られた巨大な噴水だった。
 城に仕える女官や、血族の貴婦人達は、この噴水前で束の間の休息を取ることが日課になっており、その話題は尽きる事がない。
 上品な笑い声が響く中、外へと姿を現した唯一男性であるアストロは、強い陽射しに目を細め、自分を取り囲み始める女達に愛想笑いを浮かべた。
「ご機嫌麗しゅう? アストロ閣下」
 内心、嫌悪の溜息をついたアストロは、城の中でも最も美しいと敬われている女に、これもまた美しい笑顔をこしらえ言葉をかける。
「ご機嫌ようウィル嬢。今日は一段と美しい……」
 妖艶さをはらんだ、女の魅力を最大限に引き出した姿のウィルは、世辞の言葉に頬を染め、口元へと手をあて上品に笑いを作る。
「閣下も随分とご冗談がお好きなこと」
 どこか品定めをするような目付きで目の前の男を見上げるウィルは、偽善の笑みを浮かべているのにも気付かず、その優美な顔に息を飲む。
 穏やかな笑みは女を魅了させ虜とさせる。
 顔も美しく、まして国を治める地位と権力、富と名声に、妃候補として挙がる女は数知れず。しかし、一度としてアストロはその女達に本気になったことはなかった。
 それもそのはず。
 アストロは弟のサファリを溺愛し、それに留まらず恋愛感情すら抱いていたのだから。
「この機会にお茶会とでも言いたいところだが、生憎と私も忙しくてな」
 ばつの悪そうな表情を浮かべたアストロは、落ち着きなく目線だけを泳がせる。
「オホホ……閣下も多忙と承知致しておりますわ。お茶会はまた、次の機会にでも。では私はこれにて失礼を」
 ウィルも十分、目の前の男がどんな人物かわかっていた。
 異常なまでに弟へ執着する兄の噂は、城中どころか国中に知れ渡っているほど有名なものだったから、知っていて当然。
 優雅に羽扇子を広げながら遠ざかっていくウィルを見送り、人混みから抜け出したアストロは、目の前に迫る馬車を凝視した。


[*←||→#]

7/11ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!