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「……サファリ様はそんなことを心配なさっているんですか?」
 色素の薄い翠緑の瞳を細めて笑うマジェスタは、長い前髪を払いのけ暢気に葉巻へ火をつける。
「マジェスタ! そんなことって簡単に言うけれど私にしたら、もう!」
 頭を抱える美貌の青年は、今ここで説教されているかのように怯えた目をする。
 それでも鼻で笑い飛ばす男は煙を吐き出し、助け舟を出すつもりで一つの案を提示する。
「簡単なことですよ、サファリ様。馬車から降りたらすぐに閣下へ抱きつけばいいんです。心配をかけてごめんなさいってね。涙の一つでも流せば閣下だって鬼じゃない。怒りなんかすぐに忘れてしまうでしょう」
 もちろんサファリが澄んだ心を持っていることはマジェスタもよく知っていた。
 だからこそ、嘘をつけないことも、たとえ嘘を言っても顔が真実を語っていてすぐにバレてしまうことも知っていた。
 どうせこんな無駄知恵を与えたところで、それを実行するなどできるはずがない――金髪の青年は煙を吐き出しながらそんなことを思っていた。
「本当にマジェスタの言う通りにしたらお兄様は怒らない? 私、やってみます」
「……ええ。きっと怒らないですよ。やってみてください」
 恐れ多い兄に対応する知恵を与えられ、固い決心をしたかのように大きく見開いた蒼眼は、相手の顔を見つめて大きく頷いた。
 だが、順調に走る馬車が街を抜け、城への掛け橋を渡り始めたころには、あれだけ力強かった表情は消え去り、いつもの恐怖に強ばった固い表情に戻っていた。
「大丈夫。きっと上手くいきますよ」
 宥めるように優しい声をかけたマジェスタは、愛しい者を見るような目でサファリを見つめ、葉巻の煙を吐き出した。
 そして黒髪の青年には見られないよう、鬱蒼と茂る外の草木に目を配らせて眉をしかめた。
 この時のマジェスタの気持ちなど、当然サファリが知る術もないし、これから先も、彼はおろか他の誰一人として理解する者はいなかった。


 掛け橋を渡る馬車は、城の中からでも十分に確認できた。
 特にアストロの在室する窓からは、馬の駆ける蹄の音から馬車の車輪が回る音まではっきりと聞こえてくる。その音を聞いただけで、アストロは居ても立ってもいられずに部屋を飛び出す。
 外へ出る頃にはサファリを乗せた馬車も正門を越え、大きな噴水がある広場に着いている頃だろう。
 慌てて昇降機に乗り込んだ青年は、力任せに鉄柵状のドアを閉め、降下するためのレバーを力一杯に下へ下げた。
 昇降機に取り付けられている錆びついた鎖は、酷い金切り声をあげながらも緩やかに降下し始める。


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あきゅろす。
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