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 酷く言えば宗教の信仰を間違えた悪魔好きか、もしくは刑に服する異端者か……
 冷酷無情そうな顔は、これで神に仕える信徒かと首を傾げたくなるくらいだった。
「……神父様?」
「麗しいお方、よく聞きなさい。神はこの世にいるはずがないのです。ましてや我々を見ていらっしゃると言うのなら、なぜ貴方のその苦しみを救ってはくれぬのか。お分かりですか? 姿なき神を拝み、許しを請うなど無意味にもほどがある。私は神を断固否定しますよ」
 神を否定する神父など今までどこにいただろうか?
 この話を他の聖職者や信者達が聞いていたら、間違いなく男は異端審問にかけられるだろう。
 でもこの言葉を待っていたかのように、泣き面の青年は微笑んだ。
「ああ、神父様……貴方が私に本当の言葉を下さる方だったのですね?」
 心を洗われる気持ちで頬の涙を拭い去り、もう一度、蒼い瞳は神父の顔を見つめる。
 何度見てもやはり慈愛や慈悲を携えていない顔だったが、彼にだけは唯一信頼できる者となる。
 それこそ、この男が神そのもののように。
「さぁ、麗しいお方。そのロザリオを捨て、神に祈ることも止め、あるがままに生きなさい。それが貴方の進むべき道だ」
「……はい、神父様」
 実際、男の言う通り神に祈ることで救われる者もいれば、逆にあるがままに生きる方が救われることだってある。
 神父にはそのことがよく解っていたし、神父自身、神など信じてはいなかった。
 純粋に祈れば祈るだけ無力な自分を晒すだけだと気付いていたからだ。
「本当にありがとうございます、神父様」
 青年は首にかけたロザリオを躊躇いなく取り、神父へ差し出す。
 街の民達がさげているのとは比べものにならない――純金で精巧に作られた代物は、それだけで家柄が良いことを示している。ロザリオを受け取った神父も、これにはさすがに驚きを隠せない。
「神父様、また必ず来ます。その時までお元気で」
 曇りの取れた清々しい顔で椅子から立ち上がると、青年は澄みきった蒼い瞳を細め、美しい微笑を浮かべた。
 金の輝きに目を奪われていた神父は、慌てて元信者だった美青年に微笑みかけると、手中のものの感触を確かめながら言葉を発する。
「是非ともお待ちしておりますよ。私でよければ、いつでもお力添えになりましょう」
 頭を下げ、この教会を去る麗しの青年を見送った神父自身は、何か良いことをした清々しい笑顔のまま、自分の胸元で十字を切った。


「やはり教会にいらしていたのですね、サファリ様?」
 それは教会を出てすぐのことだった。


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あきゅろす。
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