V

 何度目かの自問自答を繰り返したアストロの眼下を、宝石で装飾された黒い馬車が護衛陣に囲まれ正門を後にする。
 重複する蹄の音は、この酷い有様の現実を嘲笑うかのように高々と鳴り響いていた。


 神への信仰が最も深いとされているこの国では、当然のことながら祈りのミサと己の罪への懺悔は日常茶飯事なことで、聖職者達はその声を聞いて人々を諭していく。それは彼等の定めにあったのだが、負担のほうはそれ以上に重いものであった。
 そしてここにも今、神に許しを請うために訪れた一人の信者がいる。
「神父様、告解を……」
 さほど大きくもない教会にはこれといって参拝者はおらず、静かに燃える蝋と鐘の音が響くだけ。
 そして人知れず告解室に入り込んだ人物は、顔を隠すように覆っていた布を取り除くと椅子へ腰掛ける。
 麗しい容貌と綺麗なウェーブを描く長い黒髪――この顔を一度見てしまえば、誰もが神の創造物だと思うだろう。
「いつ何時も、神は我々を見ていらっしゃる。懺悔なさい。神はきっとお許しになさる」
 いつもと何も変わらない言葉。
 いつもと何も変わらない神父。
 それでも懺悔をしなくてはいけないのは、物心もない幼い頃から植え付けられた、暗示的な教えからなる言葉を思い出すからなのだろうか?
「……私は実の兄を愛してしまいました。神父様……もう私は逃げることに疲れました。嘘をつき続けるたびに罪の意識が大きくなるのです……」
 大切なものを扱うように、ロザリオを握りしめた手は小刻みに震え、俯いた顔からは涙が一つ二つと流れ落ちていった。
 神父は話を聞き、暫くの沈黙を守り、そしてらしくない口調で喋りだす。
「……なんて不埒な。そんなことを神がお許しになるわけがない。悔い改めなさい。今すぐ神に誓うのです!」
 どこの教会に行っても、まるでマニュアル通りの台詞しか言わない彼等に、麗しい青年は眉を潜めて涙を流した。
 その涙に偽りはなかったし、人を愛する心も確かに純粋なものだった。だがしかし、血族であり、家族であり、兄である者を愛することを神は許さないと言う。
 嗚咽を飲み込み、静かに涙を流す神の信者に神父は再び沈黙を守り、口調を変えて穏やかに問いた。
「他の神父達も皆、口を揃えて同じことを言ったのでしょう? 泣くことはありませんよ。顔を上げなさい。私が一つの道を用意しましょう」
 神父は聴聞僧席を立ち上がり、側にあるドアから姿を現す。
 黒い僧衣を身に纏い、その姿は確かに聖職者そのものであったが、表情には神のような慈愛は見受けられない。


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