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「…………落としたんです」
 聞き取りにくい、小さな声で理由を話す弟に兄は胸を撫で下ろした。
 相変わらず目線は合わせてくれなかったが、想像していたよりも単調な理由で安心したのが事実だ。
「探したけれど見つからなくて……ごめんなさい」
 震える声でことの顛末(てんまつ)を話し終えたサファリに、アストロは微笑を浮かべた。
 この弟はまた、余計な心配でもしたのだろう。
 落としたと言えば自分に叱られると思い、なかなか言い出せなかった――そう思えば子供じみた理由でも愛しさを感じる。
「そうか。落としたのなら仕方がない。また新しいのを作り直してやる。デザインはこの前と同じものでもいいのか?」
 予想外なほど軽快な口調で喋る兄を、サファリは驚いたように見上げた。
 でも、その表情は一瞬だけで、また暗いものに戻ってしまう。
「……はい」
 ロザリオはもういらない――まさかそんなことが言えるわけもなく、苦痛な思いでサファリは返事を返す。
「あまり気にするな」
 兄の慰めの言葉も、この時ばかりは遠くに聞こえる。
 陰鬱な表情のまま、サファリは組み敷かれた兄から身を起こすと衣服を正し始めた。
「この続きは今夜でお許し下さい」
 目線を合わせることなく、ベッドから立ち上がったサファリは長髪の乱れを直すと部屋を後にした。
「――待たないか、サファリ!」
 思わぬ展開にどうしてよいのかわからず、アストロはつい大声を出す。だが、呼び止めの声は無視され、無情にも一人取り残された室内で蒼眼の視線は険しくなる。
「……また逃げられたか」
 静まり返った室内で、男は失意の念に捕われた。
 確かに逃げられるのはいつものことで、アストロ自身も大したことはないと気に止めないようにしていたが、回を重ねれば自ずと焦燥感は募ってくる。
 今は自分が感情任せになるのを抑えているが、それもいつまで保つかわからない。アストロも男であるがゆえ、時には強引な手段を使うこともあるだろう。ただ相手は自分の弟であり、愛する者に対して力で押さえつけることは気が進まないのだ。
 思いのほか情けない自分に呆れたか、アストロは失笑を漏らした。
 ――もう少し力尽くでもよかったかもしれないと、今更ながら遅い後悔をしながら。


 日は暮れて夕刻。
 今日は兄弟揃っての会食も叶わなかった。


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