PSYCHO KILLER ][

「……なぜも、なにも」
 思い返そうにも彼がいつ笑ったかなど、いちいち記憶はしてない。それに、気付いていたとしてもどのみち身動きが取れないのだから、結果は大して変わらない。
「あの時、俺は確かに笑いました。でも貴方は見抜けなかった。俺が本格的に呑まれたとでも思ったのでしょ? 自分で言っておいて様がない。本当に笑ってしまいますね」
 相変わらず品のある笑みを浮かべる顔は優しかったが、目だけは違った。狙いを定めた獣のような、鋭い目付き。今度ばかりは絶対に逃さないという、確実な意思表示。
 もう、終わったも同然だ。死んでも文句は言えまい。
「さぁ。終わりにしましょう、流君。貴方の負けです」
 空いた右手に差し出された刀――血を吸うと言われる呪われた刀を握らされ、本格的に死の匂いが立ち込めた。
「ここまでやっておいて後には引けないので、貴方には死んでもらいましょうか。それで自分の首を斬り落とし、左手で心臓を抉る完璧な自殺方法で。でも残念なことに貴方は吸血鬼だから、死んでも灰になって終わりですね。それが腑に落ちませんが、まぁ、良いでしょう。君主には俺からしっかり伝えておきます」
 ――ああ、本当に死ぬ。
 早くに負けを認めていれば、斬られて血を失うだけで済んだのに、私の変なプライドや意地が自分の命を溝(どぶ)に捨てたのだ。
 青年も全く慈悲をかけるつもりがないし、さて、これからどうしたものか。
「なにか言い残すことはあります?」
 これが最後の言葉。
 これが最後のチャンス。
 これが最後の賭け。
 ならば最後に話すことは――
「……ゆるして、くれ。たつみどの」
 喘鳴混じりの声で紡いだ言葉に青年が喰いついてきた。
「何をです?」
 今まで絶対に言わなかった、慈悲を請うような言葉のニュアンスに、大いに興味をそそられたのだろう。態度が一変する。
「きみは……」
 合間を置き、ゆっくり時間を稼ぎながら口を開く。青年はまだ、こちらが何を考えているのかわかっていない。
「どうしましたか、流君?」
 言葉のなくなった私を訝しむ青年のための小細工、咳を払う仕草で血を吐き出す――これでまた、暫しの時間稼ぎをする。
 ほんの少し前に気付いたことなのだが、この空間は異次元でもなんでもなく、エントランスの全面がそっくりそのまま“眼”柄になった密室だったのだ。


[*←||→#]

18/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!