PSYCHO KILLER ]W

「ほら。怖いでしょ? 恐ろしいでしょ? 壊れそうでしょ? 狂ってしまえば楽になれますよ。もう、何もかも忘れて気持ち良くなりましょう? 貴方も一緒に……」
 壁も床も天井も、“眼”以外に姿はない。無数に広がる視線だけの存在に強い吐き気がした。それと同時に身体の自由が効かなくなる。その中で、彼の言葉だけが麻薬のように気持ちを楽にする。危険な香りを漂わす、甘美な誘惑の蜜のように。
「ねぇ、動けないのでしょ?」
 青年の高らかな笑い声が響く。
 もちろん、これだけの眼に思念を送られたら邪眼でなくとも金縛りになる。必死になって身体を動かそうとしたが、やはり無理だった。
「きみはなぜ……いや、なにをし……」
 辛うじて動く口でそう言ったが、何を問いたいのかわからなくなった。無限大に広がる視線の群れは、恐怖を植え付けるばかりか思考すらも混乱させるのか。
「自分の身体や頭が使い物にならないのは、さぞかし怖いでしょ? もっとも、今から貴方は自分すら恐ろしく感じるようになる。その恐怖感に心も壊れ、やがては狂う。ほら、こうやって自分の顔を傷つけるんだから……」
 嗜虐の笑みを浮かべた青年は眼光を強くした。いや、彼だけではない。闇を埋め尽くす眼が脳に命令を送りつけてくるのだ。自分の顔を傷つけろ、と。
 鈍い痛みが頬を走った。
 言うまでもないが、自身の手が切りつけたのだ。
 自分では動かせない身体が、彼のたった一言で容易く動く。自分のものが自分のものではなくなる感覚――これは間違いなく恐怖を抱く。
「その指じゃ、薄皮一枚を切るのが精一杯ですね。爪、伸ばしてごらんなさい」
 命令を下す唇と強い眼差しは、瞼を閉じることも許してくれなかった。頭の中で否定の言葉を繰り返すが、一面の視線が強い念を放つと同時に、勝手に左手が動き出す。
 指の屈伸と共に一瞬で伸びた爪は、吸血鬼なら誰でも備えている武器だ。長さは軽く三十センチを超え、硬度はダイヤ並を誇る。研ぎ澄ましたそれを、自分が有する力で振りかざせば人の胴体も軽く切断できる。
 この武器で、彼は私を――
「それで左足を刺してください」
 絶対に嫌だ。
 私は容赦ない言葉に首を振った――つもりだった。
 自由を許されたのは声帯だけで、脳に命令を受けた左手が勝手に動き始める。そして、狙いを定めた爪が煌めきながら足に吸い込まれる。


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あきゅろす。
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