むしろ、冷静で落ち着いた態度とも言える。だが、以前に襲われた経験があって馴れていた、とは言い難い。
ただ、青年は先日殺した吸血鬼と同じでも、血統書付きの吸血鬼。白髪を持つ者は、仲間達の間で始祖と呼ばれて恐れられる存在だ。
始祖は太陽の光や純銀にも免疫がある。本能に従順かつ、首を切り落として心臓を刺さない限り、無敵を誇る本当の化け物なんだと紫苑が知ったら、こんな態度ではいられないだろう。
「……しおん?」
青年は少しずつ戻ってくる正気の中、少年の名前を朧げに呼んだ。そしてやってしまったことを酷く後悔する。噛みつき、抜き取った血液で喉を潤しながら、腕の中にいるのが最愛の人だったと知って愕然とする。
「やっと……やっと血を吸ったね」
紫苑は悲しそうに笑った。
「――紫苑! 俺は……」
もう取り返しがつかない。飢えた自分が、加減なしに血を飲み干したのだ。このままでは確実に死ぬ。
「ずっと、吸血するの我慢してたの、わかってたよ。血の香りが、しなかった……」
言うことをきかなくなった腕を無理に持ち上げ、紫苑は血色の良くなった青年の頬に掌を押しあてた。その手は冷たく、当初の温もりはどこにもなかった。
「もういい、喋らないでくれ!……あぁ! 俺の血を飲めばいい。そうすれば……」
「……僕も靖と同じになる?」
青年は深く頷いた。
「僕は、吸血鬼になんてなりたくないよ」
「紫苑!」
「早く逃げて靖。今夜、街は一斉に、悪魔狩りをするんだ。君は強いかもしれない……けど何日も血を摂取してないから身体は弱ってる。吸血鬼狩り専門のクルースニクに、今の君じゃ勝てない……だから、逃げて」
少年は最初から――最初からこうするために、わざと銃を撃ったのだろうか?
「靖、僕は君が大好きなんだ。吸血鬼でも悪魔でも構わない。一緒に連れてって。最後まで僕を、抱きしめていて……」
力は弱々しかった。けど眼光は力強く、その表情はとても凛々しく美しかった。
「わかった。わかったよ、紫苑。行こう、どこまでも一緒に……」
腕の中で瞳を閉じる少年は、安堵のためか穏やかな表情だった。
これが死に行く人の顔であるのならば、神はきっと、この魂を天に導くだろう。
青年は初めて神に祈った。
――この魂が、安らかに眠れますように、と。
──君は、最後まで力強く美しかった。
この腕の中で息を引き取る最後の瞬間までも。
……紫苑。
もっと早くに本当の事を打ち明けていたら、君は普通に歳を重ねて死んでいったのだろうか?
俺は今でも君を忘れられず、長い長い月日をただ無意味に、死ぬことも出来ずに生き続けている。
【FIN】
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