BRUTALITY MAN Y

 この方の微かな感情の乱れを、私は見逃さなかった。
 薄い唇が奮え、感情の乱れを落ち着かせるように煙草を吸い込む動作はあまりにぎこちなく、初めて喫煙を試みた子供にも似ていた。だが、この発作的な震えも肺に送った煙を吐き出す時にはすっかり治まっている。そして何事もなかったかのように、また静かに喋りだすのだ。
「ちょうど、こんな雨の日だったな。精神的にも肉体的にも疲れが溜まって体調を崩したのは。酷い熱があって、歩けそうにもないあいつを公園の遊具台に隠して、俺は薬を調達しに行った。あの時、虚ろな眼で俺に“置いていかないで”と訴えてきたのをよく覚えている」
 灰皿に突きつけた煙草が、香しい麝香の残り香を放っている。が、その傍ら、自分の手を強く握り、何かを耐え忍ぶように唇を噛む姿は見るに耐え兼ねる。肌に食い込んだ爪が、自身の掌を傷つけるまでそう時間はかからないだろう。
「遥様」
 私はその行為を止めさせようとして、静かに手を伸ばした。
「ゆっくりお話下さい」
「…………、すまない」
 深い息を吐いて一呼吸、力んだ指先は自然と緩められた。その感触に手を離し、私は自分の煙草を消し、また聞き手に専念する。
「薬を調達して戻った公園に、あいつの姿はなかった。あんな雨の中、熱がある身体でどこに行ったのかと探し回ったが、結局、最後まで見つけることができなかった」
 視線の定まらない瞳が見た窓の外で、相変わらずの雨音に混じり雷鳴が聞こえたが、既に遠退きつつある今では当初の威力もない。
 少しずつ弱まってきた雨を眺める主は、過去の出来事と重ね合わせているのか、力なく笑った。それはどこかで見たことのある表情。もしかしたら以前、私もこのように笑ったかもしれない。
 ――いや、笑ったはずだ。
 この表情は何もかも無くした者が、自分の非力さを傷み、自嘲する時のそれだ。
「あの時、自分では最善策だと思って行動したはずだった。何かあった時、足元も覚束ない人間を庇いながら戦うのは、圧倒的に不利だとわかっていたしな。でも、あいつがいなくなって酷く後悔した。黙ってそばにいてやれば生き別れることなんてなかったのに、なぜ自分は離れたりしたのか? ってな。答えはわかりきっているのに、自分を納得させられるだけの理由が見つからなかった」


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あきゅろす。
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