RADICAL MAIN 序章 U

 何度も聞いた同じ答えに、深い溜め息をついた七海さんは眼鏡を持ち上げて僕の顔を見つめる。
「じゃあ、もう一つ。過去を思い出させるための療法を一つやらせてもらう。言っておくがこれは、観察記録員としての仕事だからな」
 念を押すということは、よっぽど厳しいものなのかな? 生唾を飲み下し、何が始まるのか見つめ返す。
 銀縁眼鏡を外した七海さんの、琥珀色の瞳がじっとこちらを見続けている。
「凛々、目を閉じろ」
 そう言って椅子から立ち上がると、真っ直ぐこっちへ向かってきた。
「目を閉じろ」
 再度、怒り気味の口調で言われ素直に目を閉じる。これから何が始まるのか意味もわからずに。
「……」
 随分と長い間、沈黙だけが続いた。
 目を閉じていても、人の気配はすぐそばに感じる。けれど何も起こらなかった。
「駄目だ」
 ただ一言、七海さんが呟いた言葉で僕は目を開く。
 視界に写ったその顔は少しだけ歪んでいたかもしれない。
「……何が?」
「鈍感だな」
 七海さんは笑った。そして僕の顎を引き寄せて、唇を塞いだ。
「!?」
 驚きのあまり何も出来なかった。
 なすがままに上唇と下唇を舐められ、吸われ、緩くなった唇を割り入って舌が口腔を這い回る。
 水音と共に唾液が口端を伝い、口内で舌が絡まり、強く吸いつかれ気が気じゃいられなくなる。
「――んんっ!」
 深い口付けを経て、静かに唇が離れる。
 胸の高鳴りが激しい。
 僕はこの先の事を望んでいるのか、自分でもわからなかった。けれど、普通ならこのまま続きをやるものであって、ここで強請らなきゃいけないっていうこともわかっていた。
 けど、僕には言えなかった。
 怖かったんだ。
 強請ることで七海さんは僕を嫌いになるかもしれない。記憶喪失でも、こんなことは覚えてるんだなって笑われるのが怖かったんだ。
「すまない」
 七海さんは綺麗な顔で悲しそうに言う。
「……うん」
 僕は笑いたくもないのに無理矢理な作り笑いをする。
 今まで普通に喋れた仲が、たった一つの行為で嘘のように気まずくぎこちなくなった。
「悪いが凛々」
 僕は意を決した。
 彼の喋る言葉を遮り、自ら自分の服のジッパーを下ろして見せる。


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あきゅろす。
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