ONE CRYSTAL W

 疑問と驚きを混ぜ合わせたような表情で、器用に片眉だけを持ち上げた麗はティーカップをテーブルに戻す。そしてやや暫く。後遅れして悲鳴にも似た声を張り上げた。
「えぇ――!? ちょっとお待ち下さい! グレードキャニオン要塞って、生粋の悪魔が将軍を務める恐ろしく兵の数が多い、あの空中回廊要塞のことですよね!?」
 飲んだ紅茶を今にも吐き出しそうになりながら声を荒げる。
 連日連夜、殺人を繰り返している聖帝騎士団にとってこれほど簡単な仕事はなかったが、五万の兵と悪魔、ましてや将軍と名のつく強者二人にどう立ち向かえというのか――八人では限界が見えている。
「お前達はグレードキャニオンに何か不都合でもあるのか? なんなら止めてもいいんだぞ」
 八人を見渡し、煙を吐き出した遥は蒼瞳を細める。言葉では遠慮しているように聞こえるが、傲慢な態度でそんなことを言われては皮肉を言ってるとしか捉えようがない。
「いえ、やって見せましょう遥様。我等聖帝騎士団に不可能はありません。必ずご所望の品をニ十五日まで用意致します」
 騎士団の策士、流は他の者の意見も聞かず独断で承諾してしまう。今日からニ十五日までの四日間、たとえ一人になってもクリスタルを奪いに行くつもりなのだろう。
「そうか。お前達は頼もしいな。期待しているぞ」
 満足気に言う遥は、口を三日月のように細くして笑う。しかし、そんな笑みとは裏腹に内心では心配していたのだ。たった八人で五万の兵とどう戦うのか。無論、無傷では済まないだろうし生きて帰ってくる保証もどこにもない。少し言い過ぎたかと思っても、言語撤回するには既に遅いというもの。
「全員がやると言うなら、俺からもお前達にクリスマスプレゼントやらをくれてやる。今日からニ十五日まではグレードキャニオン要塞に赴け。今までのオーダーは白紙に戻す。そしてニ十六日から来年六日までは有給休暇にする。一日百万ナーレだ。悪くないだろう? これで少しはやる気になったか?」
 金で物を言わせる――遥の強引な方法は皆に拒否権を与えなかった。むしろ葵や薫や錆など、若い集には効果抜群だ。
「……わかったよ。やればいいんでしょ、やれば?」
「しゃーねぇな。やってやるよ」
「あら? あたしは最初からやる気だったわよ」
 今まで口を開かなかった三人が一斉に賛成の意を唱え始める。
 これぞものも使いようというやつで、やる気のない人間をどうやってやる気にするか、使えない手駒をどうやって強化するか――若き君主は人の動かし方をよく知っている。
「あ……麗ちゃん、仕事? 沢山、殺す?」
「えぇ、仕事ですよ。今回は大量虐殺になるんですかね、流様?」
 まだ戦闘には不向きだろう幼い子供の頭を撫でながら、麗は不安げに策士の顔を覗きこむ。
 意気揚々としている若者三人組に比べ、こちらはしっかり現実を見ているようだ。
「……大量虐殺、それは避けられないと私は見ているよ。それと雅殿のことだが、まだ幼いにしろあの要塞を落とすには必要不可欠な人材。この際、足跡が残るのは致し方ないとしよう。さて、麗と巽殿とD殿はこの場に残ってくれたまえ。葵、薫殿、雅殿、錆殿は、もう遅いので自室に戻ってくれて結構。明日の朝食の時間までには全ての作戦を立て、今一度会議を開く。良いかね? では解散」
 本日ニ度目の解散に、言われた四人は一斉に席を立ち上がる。意見したくとも、この聖帝騎士団の最高責任者であり指揮官の流に逆らうことはできない。彼は絶対の権限と尊重を持っているのだ。
「おやすみ、流。あたしにあんまり負担のかかる仕事回さないでちょうだいね? ただでさえこの聖帝騎士団(メンバー)の中で一番弱いっていうのに、責任重大なこと任されたら、あたし首吊んなきゃいけなくなるわ」
 通りすがりに立ち止まり、小声で流に言う錆は相手の黒髪を梳く。
「わかった。考慮しておこう」
「ありがと。流、貴方の髪の毛少し手入れしたほうがいいわよ。あたしの部屋にいいシャンプーあるから、後で来なさいな」
 長い髪を梳くのを止め、肩を軽く叩くと錆は部屋を後にした。残る薫、雅も続けて後にするが、ただ一人残った葵は流の側までくると耳打ちをする。
「ねぇ、流。僕と遥……どっちが大事なの? 後で僕の部屋、来てよね」
「……わかっている」
 少しだけ邪険そうに眉を潜めた青年は、重苦しい息を吐きながらも相手に同意する。
 流と葵はこの聖帝騎士団の中でも公認のカップルだ。しかし、葵の嫉妬深さときたら半端ではない。もう少し気を使える性格ならば……何度、彼はそう思ったことだろう。
「わかってるならいいんだよ、流。じゃ、部屋で待ってるからね」


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