ONE CRYSTAL V

 確かにクリスタルをコレクションする遥なら、この世に一つしかない貴重なクリスタルを差し出せば間違いなく喜ぶだろう。しかしだ。遥がどのクリスタルを持ってどのクリスタルを持っていないかなんて、八人が知る余地もない。
「やはりクリスタルに重点を置くべきか。しかしながら、我々が選んだクリスタルを遥様が持っていたらどうする麗?」
 本日二本目の煙草に火を灯しながら、流は麗の顔を見やる。
「そうですねぇ……」
 意見すれば返り討ちに遭い、反論の案はすでに切れている。麗は言い返すことができずに言葉を濁した。
「だーかーら! もうこの際だから聞いちゃおうよ。いちいちここで悶着起こすくらいなら本人が欲しいもの用意したほうがいいに決まってるじゃん?」
 いい加減に痺れを切らしたのか、甲高い声で話す葵の言葉に誰からも反論の声は上がらなかった。
 結局は本人に聞くのが一番無難だと判断したのだろう。
「皆、異議はないようだね。ではプレゼントは遥様本人に聞くことにしよう。そのあと金額を打ち出して皆に報告する。ではこれにて解散」
 待ってましたと言わんばかりにソファーを立ち上がった薫、錆、巽、Dの四人。この場に残ろうとしていた流、麗、葵、雅の四人。しかし八人が八人とも、結局その場を動けずこの場に留まることとなった。
 それはこの八人以外ここを使う者がいないはずなのにドアが開いたからだ。皆が皆、ドアに注目した時だった。
「……なんだ、全員揃ってなにをしている?」
 アッシュブラウンに染め抜かれた髪に長い前髪から覗く蒼瞳。この人物こそ聖帝騎士団が噂していた君主、遥だ。
「いえ、少しばかり会議を。それより遥様こそいかがなされましたか? こんな所までわざわざ赴くとは。さぁ、お座り下さい」
 先ほどとはうって変わり、慌ててソファーから立ち上がった流は慇懃な態度で主を迎え入れる。
「自室が寒くてな。それよりお前達、一体ここに集まってなにをしている?」
 疑問が疑問を呼ぶ。城主の遥は八人に万遍なく仕事を振り分けていたつもりだったが、こうも全員が出揃っているとは不意討ちにも似た罠のようなものを感じる。
「僕、遥様にコーヒーを用意してきますね」
 逃げるように席を立ち上がった麗はそのまま給湯室へ消える。その姿を一瞬目で追うが、遥はすぐに諦めた。我等が君主様と崇める流が再び口を開いたからだ。
「遥様、実は折り入って話があるのです」
「なんだ、流。おい、そこの四人も立ってないで座れ」
 呆然と立ったままだった四人を制し、君主は偉そうに腕組みをした。
 流はまたしても吸いかけの煙草の火を消しながら、慎重に言葉を選んで話し出す。
「四日後のクリスマスについてでございます」
「お前達の好きにやればいいだろ」
「いえ、我々がクリスマスをするのではありません。つまり……」
 どうしてこんな簡単に言えるはずのことが、主を前にすると言いにくくなるのか――提案者として決議の結果を知らせるのは定めにあったが、どうも緊張しているせいかうまく言葉が出てこない。
「……つまり、我々八人でクリスマスに遥様がご所望する品を贈呈するということです。なにかお望みのものはあるでしょうか?」
 やっと言えた。
 黒髪の青年は安堵にも似たものを覚える。麗以外の六人も次に発せられるだろう遥の言葉を待っている。
 しかし――
「そうか。そういうことなら遠慮はいらないな?」
「なんなりとお申し付け下さいませ、遥様」
 少年は細く笑んだ。どんな高価な代物を望むと言うのか、前代未聞の言葉に全員が耳を疑った。
「よく聞け。俺はインスパイア国のグレードキャニオン要塞、そのクレイモア将軍の漆喰の闇とアステル将軍の極みの聖光、この二つのクリスタルが欲しい」
 遥が言うインスパイア国グレードキャニオン要塞は、ガーランド最大最強の軍事組織アイアンメイデンに対を張る軍隊である。その軍隊数は五万兵とも言われ、要塞は全て空中回廊で出来ているという噂。
 誰が好き好んで要塞に飛び込むのか――七人は一斉に遥へ視線を向けた。
「なんだ? 無理ならいいんだぞ。俺はお前達が是非ともと言うから言ってやっただけだ」
 さも残念そうに肩を竦めて見せた君主は、内ポケットから煙草を取り出すとそれに火をつける。
 長い沈黙。
 その無言の空間を切り裂いたのは、先ほど給湯室に消えた麗だった。
 銀のトレーにソーサーカップを乗せ戻ってきたはいいが、いかんせんこの沈黙。不思議に思いながらも、遥の前にカップを置き席に戻ると話を切り出す。
「どうされたんですか皆さん。流様は遥様にお話されたんですか?」
 優雅に袖のレースを捲りながら翠色の髪の主は紅茶を口元に運ぶ。視線は斜め向かえの流に向けられていたが、その濁りきった表情といったらない。
「いや、話はした。遥様がご所望のものはクリスタル。インスパイア国グレードキャニオン要塞の、クレイモア将軍とアステル将軍二人のだ」
「…………はぁ?」


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