ONE CRYSTAL Y

「僕はそれでいいと思いますよ。しかしDさんや流様は万に等しいくらいあり得ませんが、雅君がもし、トランスモードアルファを発動させたらどうしますか? それこそこちらの作戦を乱す原因になります」
トランスモードアルファ――それは悪魔と吸血鬼のみに起こる破壊衝動、飢餓衝動、吸血衝動のことである。過度に身体の損傷や出血が起こった場合、瞬時に蘇生を行うために意志とは全く関係なく発動する。
 暴走とも言わざるを得ない精神状態から平常心を取り戻させるためには、悪魔には人間を食させ、吸血鬼には人間の血を吸わせる他に手段はない。
「そのトランスモードアルファなんだけどさ、僕が作った鎮静剤があるから、万が一に雅君がそうなったとしても、ギリギリ誰かが鎮静剤を持って雅君の所に向かえば大丈夫だと思うよ」
 さすがは研究者。日々、人間はともかく悪魔や吸血鬼の肉体構造を研究しているだけはある。
「そうですか。それは安心しました」
 心から笑っていない表情で、麗は左右の細い指を絡ませるとそれに顎を乗せる。やや憂鬱気味になってきた証拠だ。
「流君、重大なことを。あの五万の兵を全滅させた後、大事件として世界中で取り上げられますが、どう証拠隠滅しますか?」
「簡単なことだよ。私が先にグレードキャニオンに赴き、時空転送の魔術を施す。全員が揃って要塞に乗り込んだ際、一気に時空間へ飛ばす。帰りは瞬間移動用のサークルでこちらに戻ってくるだけだ。私の時空転送用のサークルはもって四十八時間。受けたダメージを差し引いても四十五時間はきっちり保てる計算だが、いかがかね」
「……ふーん。流君、君はもしかしてこの戦いで、魔術、魔導、魔法の一切を使わないつもりでいるの? 時空転送なんて大がかりな魔術もそうだけど、八人を瞬間移動させるだなんて相当の魔力を消費するはずだけど?」
 流は吸血鬼である以前に魔術師としての称号を持っている。魔法系スキルの最高位称号はそれだけで実力を証明できるもの。しかし魔術を使うことにより魔力は大きく減り、無限に魔力を生産できるクリスタルなどを持っていない限り必ず底がつく。回復させるにも時間を待つか糧を得るか、どちらかに一つである。
「ああ、そのことかね。それなら安心したまえ。今の私は時空転送も瞬間移動も大した魔力を消費せずに行える。この二つ、合わせても全体の一割程度の消費だよ」
 流は長い足を組み変え、テーブルに置いてある冷めたコーヒーを飲む。
 この男は決して自分を高く評価しない。どんなに実力があっても、相手には常に対等でありたいと願っているからである。
「感心だね。君がそこまで魔術に長けてるとは思わなかったよ」
 Dは今日、初めて他人を褒める言葉を言うと眼鏡を押し上げた。顔のパーツになっている黒縁眼鏡は、度の入っていない伊達眼鏡だ。
「あの、恐縮ですがDさん。貴方は武器なしで今回戦いに挑むつもりですか? よければ僕が用意しますが、どうしますか?」
「……そうだね。ショットガン一丁とサーベルの両刃使用を用意しといてよ。一応、僕も悪魔の端くれだし打撃でなんとかしたいところだけど、今回は数が多いしね。無謀とも言える挑戦だから武器はちゃんと携帯して行くよ」
「わかりました。明日の朝、一度全員の武器を集めて整備に出しますので、夕方には配当できるようにしておきます」
 そう言い終わると同時だった。四人がすっかり作戦に話を詰めていたところに、忘れてたいた我等が君主が戻ってきたのだ。
 静かに部屋のドアを開けた遥は、手に何百枚と重ねられた分厚い紙の束を持っていた。
「話は進んだのか?」
 どっさりとテーブルに紙の束を置くと、席についた遥は四人の顔を見据える。
「いえ、まだ触り部分のみです。遥様、これはもしかして……?」
 主に事の経過を話し、魔術師・流は紙の束を見て眉をしかめた。もしかしなくても予感は的中。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
「グレードキャニオン要塞の見取り図のコピーを取ってきた。全員分ある。しかし、本当に馬鹿みたいな広さだな」
 紙の一枚を取り、ちらりとその図形を見る遥は、四人にコピーした見取り図を配り始める。ざっと三十枚はある厚くなった紙に全員が唖然とした。
「こんなにあるんですか!? まるでアイアンメイデンと変わらないですね」
 驚きの表情で見取り図を見る麗は、流の言葉に耳を疑った。
「これを全部、明日の夜までには覚えてもらうつもりだ。いいかね?」
 いいかね? とわざわざ聞かなくとも、策士の言った言葉には絶対である。反論の余地はなかった。
「わかったよ。こんなの楽勝だね」
 パラリパラリと紙を捲っていくDは、一目で建物の構造を覚えるつもりだろう。記憶力がいいだけに、こんなことは朝飯前といった感じだ。


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