DISAPPEAR U

 薄暗い部屋の中、意識は失せかけていた。
 突然身に降りかかった事件。自分がどうなるのかわからないこの状態。
 一体ここに来てからどれ位の日時が経ったのか、昼か夜なのかも分からない。
 鎖で繋がれた腕がやけに重く感じ、足元の力は抜け、天井へと吊された腕二本で体重を支えている姿は見ているだけでも痛々しくてならなかった。
「……美咲(みさき)、随分苦しそうだな?」
 何度も体を鞭で打たれ、ボロボロになった身体で弄ばれ、気力すら失いかけている人物に嘲笑うかのような声がかかる。
「……は、るか……」
 意思とは全く関係なく零れる絶望という名の小さな悲鳴。
 いつか訪れる逃げ出すチャンスを伺いながらも、今のこの状態では逃げることはおろか、忌々しく繋がれている鎖すら断ち切ることが出来ない。
「本当に無様な姿だな」
 燭台に飾られた何本もの蝋燭が部屋を飾り、薄暗く照らされた明かりの奥に嘲笑う人物、遥(はるか)はいた。
「もう、いい加減にしろよ。俺は気が長い方じゃないからな」
 クツクツとこみ上げる笑いを堪え、鎖に繋ぎ散々弄んだ青年を飽きたように見やると、遥は鞭を床に叩きつけた。
「折角考える時間を与えた。だが俺もそろそろ我慢の限界だ。だから力ずくで俺の物にしてやるよ。こいつらと同じ様に……、な?」
 誰しもが必ず体内に持っている心の結晶クリスタル。様々な色、形でそれは存在し、それがもたらす力も様々。
 ただ致命傷なのは、故意に体内からクリスタルを抜かれた場合や破壊された時。長時間放置してしまえばそれだけで死に至る。ましてや破壊してしまえば即死は免れない。
 第二の心臓と言う、何よりも代え難いクリスタルを体内に持ち生きていくのが、この世界では当たり前だ。
 そのクリスタルを抜かれたらどうなってしまうか――それを指し示すかのように、遥の足元にはクリスタルを抜かれて上の空になっている者達が無数に転がっている。
「――やめろ!」
 抵抗も虚しくいずれあんな風になってしまうと思うと耐えきれなくなる。生きたいと願うのに、こんな姿になって死んでしまうくらいだったら、今ここで舌を噛み切って死んだほうがマシだという考えが脳をよぎる。
 美咲の焦燥感溢れる表情を見て遥は蒼い瞳を細める。
「一つ良い事を教えてやろうか?……凛々は、お前の手によって殺されるんだよ」
 微笑む笑顔は残酷そのものであり、それに偽りがない事が確かに伺えた。
「あんたが言う程、簡単に事は進まない遥!」
 聞き流すかのように美咲の怒声を軽くあしらい、皮肉につり上がった口元をうっすらと開く。その顔に既に勝者のような勝ち誇った笑みを称えて。
「フッ、はたしてどうかな?」
 どこから沸いてくるのか、問いかけたいくらい自信に満ち溢れた態度は、屈服しまいと虚勢を張る美咲に対して充分な脅しとなり得た。
「仮にあんたが言う通りになったとしたら、凛々は俺を必ず殺すさ!」
 何を言っても無駄なのは既に承知の美咲だったが、眉一つ動かさないで笑っていられる姿を見ると焦りすら感じてしまう。
 まさしく冷血人間という言葉がピッタリと当てはまる、視界を阻むその人物に。
「ククッ、どこまでも腐りきった脳ミソだな。あまりにも滑稽すぎて笑うしかないじゃないか」
 蔑みの表情に冷たい笑みを浮かべた遥は蝋燭の灯りの元、ヒールの音を静かに響かせながら美咲に歩み寄る。
「弱い犬ほどよく吠えるとはこのことだな」
 鋭い眼光で睨みつけ、それでも吊り上がった唇から吐き出される言葉に悪寒が走る。
「それと、弱い犬はすぐ噛みつく」
 目の色を変える遥に背筋が凍る恐怖を感じる。今まで拘束されて行われてきた体罰のような仕打ちは、美咲に恐怖以外、何も与えはしなかったのだ。
「……もう、その話はやめてくれ!」
「じゃあ、話題を変えてやる。俺の顔をよく見てみろ。お前の愛した凛々に似てないか?」
 掌を返したように、残酷な笑みも冷酷な感情もない普通の表情は、確かに似ている部分があったかもしれない。
「――!?」
「似てると思ったか? まぁ、それは仕方がない。だって俺は凛々の兄だからな……」
 遥の言う驚くべき事実に美咲は目を見張った。
 今まで凛々から兄弟がいると一言も聞いていなかったのに、目の前の男の言うことを真に受けるほうがどうかしている。
 でも、どことなく似ている顔つきにまんざら嘘でもなさそうに思えてしまうのも事実だった。
「そんな馬鹿な……」
 信じられない事実をつきつけられ、まともな言葉が出ない美咲は、酸素の足らない魚のようにただ喘ぐだけだった。
 それと同時に、確信も持てないのにどうして苛立ちを覚えるのか不思議にもなってくる。


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