MAKE UP ONE'S MIND V

「さっき言っただろ、人が死んでるって。その片付けだよ。あいつ、どうやったか知らないが頭から胴まで真っ二つにしやがった。信じられないな」
 まさか踵の一蹴りでそんなことになったとは想像もつかないだろう。現場の遺体を見ていた庚は、それを思い出したのか渋い顔で首を振る。
「真っ二つってことは何か鋭利なものでやったんじゃない? 流さんは吸血鬼だから鉤爪とかさ」
 生々しい死体のグロテスクさを見ていない凛々は、逆に客観的な明るさで吸血鬼の武器についてを語る。
 吸血鬼の鉤爪とは、必要に応じて伸びる猫の爪と似たようなものだ。ダイヤ並みの硬度を誇り、あの手の種族が持つ力を考えれば人を両断することは容易い。でも庚はその答えをあっさり否定した。
「あれは刃物や爪でやったものじゃない。少し幅のある凶器で裂きながら別の力を加えている……まぁ、ここで推測しなくても本人に会ったら直接聞いてやる。行くぞ、凛々」
「うん」
 席を立った二人は頃合いを見て宿の外に出る。
 外灯のない暗さの中、ぼんやりとオレンジ色の明かりが照らすのは小さめな馬車だ。退屈そうに蹄で地面を蹴っている馬の姿も見える。
「ねぇ、そういえば艶のお店わかるの?」
 思い出したように、けれど確実に痛いところを突いてくる凛々は不安げな眼差しを送った。だが、飄々と歩く庚は全くのダメージを受けていない。まさか、馬車を使って街中を探し歩くのかという絶望的な予想をしたのは凛々だけだったらしい。
「宿のほうで調べてもらったら移転してた。どうりで見つからないわけだ」
 肩を竦めて見せた庚は、日中の散々な出来事に苦い顔をして笑った。
「今度は間違いないよね?」
「おいおい。道案内は任せろとか言ってたお前がそんなこというか?」
「はは、ごめんごめん。じゃ、早く行こ」
 呆れ口調で、なおかつしかめっ面をする庚は、はしゃぐ子供のように腕へ抱きついてきた凛々に目を見開いた。
「――!?」
 本人はスキンシップのつもりでいるのだろうが、庚のほうはそうもいかない。もちろん何の理由もないことはわかっているが、頭の中は唐突のことに軽いパニック状態だ。
「おい、あんまり引っ付くなよ」
 恋人同士でもあるまいしと、ぶっきらぼうに腕を振り払って顔を背ける。
「あ、ごめん」
 凛々はそんな庚を不思議そうな顔で見つめる。背けた顔がほんのり赤くなっていることには気づいてない。
「お前は誰にでもそうだからな……あんまり変な気起こさせるなよ」
「……え?」
 こんな時に何を言っているのか、自分の失言にもっと顔を赤くした庚は逃げるように先を歩いた。
 凛々が何を思っているのか、どんな顔をしているのか――馬車の前に立つまでまともに見ることができなかったが、その時にはもう頬の熱は冷めていた。いつもと変わらない表情で後ろを振り返ると、凛々を先に馬車へ乗せようとドアを開ける。
「先に乗ってろ」
 頷いた凛々は押し込まれるように馬車へ乗り込む。硬い椅子に腰を下ろし、硝子越しの外を眺めて青年が乗るまでをやり過ごすが、さっき言われたことを気にしているのか表情が曇っていた。
「……そんなつもりはなかったんだけどなぁ」
 はぁ、と溜め息を吐いて背もたれに寄り掛かった凛々は、澄み通った蒼眼を瞼の中に隠す。
 誘っている気などない本人にしてみたら、あんなことを言われたのは心外だったろう。でも、庚の性格を考えればそれも致し方ないとも思えてくる。
「何がそんなつもりはなかったんだ?」
「!」
 瞑想の最中、急に聞き慣れた声が聞こえてきて凛々の顔が驚愕に変わる。
「庚!? なんでもないよ、独り言だから気にしないで!」
 相席に座るべく、馬車に乗り込んできた庚を蒼眼に映し、独り言を聞かれていた凛々は首が折れそうな勢いで頭を振った。
「わかったわかった。何も聞かないからまずは落ち着け」
 庚が世話しない青年の動きに苦笑を浮かべながら腰を下ろすと、やがて外から鞭のしなる音が聞こえてくる。続けて二人が乗った馬車がガタリと揺れると、テンポ良い蹄の音が聞こえてきた。
「本当になんでもないから……」
 そっぽを向いた凛々は窓の外に視線を投げ掛け、緩やかに変わっていく景色を眺めてやり過ごす。金髪の青年もこれ以上の追求はしないと決めたのか、ただ頷くだけだ。
「そういえば凛々。黒龍と出かけた後、新しい召喚獣には会えたのか?」
 話題を変えた質問に、凛々はいまいち浮かない表情で縦に首を振った。
「一応は仲間になってくれたんだけど、ちょっとその後がどうなったのかわからなくて……」
 自信なさげに喋る本人も、記憶のない時間に自分が何をやっていたのか気になるのだろう。これまでの展開が展開なだけに、気にならないほうがおかしい。
「わからないって、お前……どういう意味だ?」


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