MAKE UP ONE'S MIND U

 自分がいない間に大変なことになっていた事実にも、凛々は落ち着いていた。
 心中ではこちらのこれまでのことを話したい気持ちで一杯だったろう。でも、今はそれを話すよりも重要なことがある。
 慌ただしく人が行き交うロビーを抜け、二階に上がった二人は部屋に戻る。そこにはやはり悠の姿はなかった。
「それで何があったの庚?」
 室内に争った形跡はなく、ベッドに腰を下ろした凛々は顔色の悪い相手を気遣うように穏やかに問う。
「ああ。お前がいない間、この部屋に二人組の男が来た。一人は吸血鬼だったが自分から悠の兄貴だと言ってきた。あれは嘘じゃない。終始、悠の様子がおかしかった」
 うなだれた様子の庚に、話を聞いていた凛々は首を傾げる。
「……吸血鬼?」
 自分にも身に覚えがある存在に、凛々は男の姿を思い返す。もしかして同じ人物ではないだろうか。
「ねぇ、その吸血鬼って長い黒髪で服も真っ黒で、凄く背が高くて言葉遣いが丁寧な感じ?」
「……お前、流に会ったのか?」
 こちらを見る翠緑の瞳が大きく見開かれ、それだけでも答えが合致しているのがわかった。
 桜色の髪を耳にかけ直し、凛々は否定することなく頷いて見せる。
「よく無事だったな……」
 返答を聞いて、肩の力を抜くように庚は大きく息を吐いた。
 あの危険極まりない存在と遭遇し、五体満足でいられたことが不思議でならないと言いたげに。
「でも流さん、悪い人そうには見えなかったよ。僕を助けてくれたし、ここまで送ってくれたし」
「あのな、人を見かけで判断するなって言ってるだろ。あいつはこの宿を出る時に人を殺してるんだぞ?」
「……うん」
 いまいち納得がいかない様子の凛々は、相槌を打ちながらもまだ反論しようとしていた。ただ、仲間が連れ去られたことを考えればなかなかそうともいかず押し黙ってしまう。
 その姿を見兼ねて、庚は目前で起こったことを自分の感情を含めて話し始める。
「凛々の前でどれだけいい顔をしてたか知らないが、あいつは人を殺すことに躊躇いを持ってない。弟だろうがなんだろうが簡単に殺る。間違いない」
 ないにも等しい選択を与えられている庚は、苦渋に満ちた表情で唇を噛んだ。
「でも、自分の弟をそんな簡単に殺すかな?」
「兄弟や家族がみんな相思相愛だと思ったら大間違いだ。ましてやあの兄弟はアイアンメイデンの後継ぎ候補。兄貴が自分の将来の地位や立場を全て奪われて、弟を嫉(ねた)んでる可能性だってある」
 話を聞いている凛々は純粋で素直な性格であるがゆえ、やはり信じられないのだろう。難しい顔をしたまま微動たりしなくなる。
「まぁ、この話は拉致があかないから最後にする。で、俺の考えというか、凛々に頼みがある」
 いつにも増して真面目な顔をする庚は、大きな蒼色の瞳を見つめると息を整えた。
 緊迫した空気が流れ、凛々も冗談やふざけた話ではないことに自然と姿勢を正す。
「何?」
「明日の朝、俺は悠を取り返しにクロスロードの丘に行く。その間、お前は艶(えん)のところにいてくれ」
「僕は留守番なの?」
「ああ。これ以上、危険なことは避けたい」
 庚は詳しい内容は告げずにそれだけを言った。
 今ここで灰二と剣を交えることを教えたら、駄目と言っても凛々はついて来るに違いないだろう。そうなってしまえば、逆に庚のほうはやり難くなる。
 弟と戦わなくてはいけない事実――それこそが最大の悩みであり躊躇いであるのだ。
「……庚、僕がいると足手まとい?」
 金髪の青年が思うこととは裏腹に、自分が非力な存在だとわかっている凛々は、急に切なげな声を出した。
 力が弱いと自覚しているだけあって、その蒼眼は不安な色を映し出している。
「……違う。理由はそんなことじゃない。お願いだ凛々。今回はもう何も聞かないで、黙って一人で行かせてくれ」
 いつもとは違う、本当に真面目な姿と言葉に凛々も反論できなかった。
 渋い顔をして黙り込んだ後、不承不承に頷いてベッドを立ち上がる。
「行くなら早いほうがいいよね。今なら馬車を拾って向かっても大丈夫かな?」
「そうだな。艶には俺からも挨拶しておきたいから一緒に行く」
 不満になる気持ちを抑えて微笑を浮かべた凛々は、室内の隅に置いてあった美咲の刀を手に取る。そして、迷わずそれを腰のベルトに差し込んでから庚を振り返った。
「じゃあ、行こうか」
 手荷物がない二人は、部屋を出るのにも時間はかからない。フロントに立ち寄り鍵を返すと、馬車を呼んでもらって休憩所の椅子に腰掛ける。
 これから寝る時間だというに、チェックアウトした客にさぞかし不思議がられたことだろう。
 ただ、先ほどの騒々しさはなく辺りは静かな音楽が流れているだけだ。
「もう片付けは終わったみたいだな」
 庚の言葉に首を傾げる凛々は言っている意味がわからないのだろう。


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