THE MASTERMIND ]Z

「貴方様は素直に人を信用しすぎなのです。もっと疑いの目を持って他人に接して下さい。でなければ今の状態、何人の護衛が付こうとも容易く命を奪われてしまいます。正直、貴方様とお話した僅かな時間……殺めようと思えば私、いつでも貴方様を殺めることができました。言ってる意味はお分かりですね?」
「……はい」
 この話が本当に凛々の耳に入っているのかは不明だったが、とりあえず聞かれたことには返事ができるらしい。
 頷く姿を見て息を吐く吸血鬼は、手を取ったまま席を立つ。
「本日はお会いできて光栄でした。貴方様にその気があれば、明日はクロスロードの丘でお会いしましょう。詳細のほどはお連れ様よりご確認下さいませ。では、私はこれにて。ご機嫌よう、凛々様」
 最後の最後に自分の名前を呼ばれ、微かに反応するも動けない――急速に襲われつつある睡魔に、凛々は紳士の口づけを手の甲に受けた途端、澄んだ音色の余韻を耳に残して意識を手放した。


 静々と耽る夜も日付を跨いで数時間。
 月のない夜。
 “あちら側”と違い“こちら側”は新月であるため、辺りはひっそりと暗い。
 それに車のヘッドライトが照らすこの近辺は、まだ首都圏の外側――つまり田舎道である。
 夜更かしは肌の大敵というのが教訓である美貌の持ち主は、今日の自分の扱いについて散々と文句を言った後、電源が落ちたパソコンのように眠りについてしまった。
 後部席に乗せた、こちらも見目麗しい青年に限ってはずっと眠ったまま。
 いや、彼については意図的に眠らせているのだから、自分で起きてくることはない。だから話相手は最初から助手席の青年だけだったというのに、長距離運転はこれだから困る。
 眠気覚ましをしようとして、流は煙草に火をつけると目一杯に煙を吸い込んだ。そして肺に入れた煙を吐き出すと同時に、のそりと起き上がった隣の青年に視線をやる。
「どうしたね?」
 運転手の問い掛けには一切答えず、しげしげと煙草を見つめる美青年は一言言った。
「…………臭い」
 いまさら喫煙者に向かって何を言うか、言われた本人も顔を歪める。
「葵、君は寝起き第一声を“臭い”で飾るかね」
 疲れた身体に鞭打つ非喫煙者の言葉が痛い――窓の外に流煙を逃がした男は、さも嘆かわしげに煙草の火を消した。
「煙草なんか吸ってないで運転に集中しなよ。煙草一本のために事故なんか起こされたらたまったもんじゃない」
 これは喫煙者と非喫煙者の隔たり以前の問題。本日、葵に対しての扱いがあまりに酷かったために、彼なりの嫌がらせをしているのだ。
「では、お言葉に甘えさせてもらって、地獄行きドライブへと洒落込むかね」
「……どういう意味!?」
「そのままの意味さ。話し相手がいなかった私は眠くてしょうがなかった。このままでは君を巻き込んで地獄へダイブしそうな気がしたから、目を覚ますために煙草を吸った。そしたら今の状況さ……わかるだろう? 眠たい時、私はいつも何をしているかね?」
 しっかり含み笑いをして、赤眼は横目で相手を捉えた。
「……ん? 君にしては全く裏がない話なんだけど。おかしいな……」
 何やら陰謀の匂いを漂わせる男だが、喋る言葉には得に引っ掛かりがない。むしろ、自分が寝ぼけてて頭が働いてないだけなのか――小首を傾げ、頭をかいた美貌の青年は腑に落ちない様子だったが、とりあえず煙草を吸う許しを出した。
「じゃあ、一本だけ吸ってもいいよ。地獄に連れて行かれたらたまったもんじゃないしね」
 革張りの座席に深く腰を沈めた葵は、自分側の窓を開けて煙に対応する。
「では、ありがたく吸わせてもらうよ」
 正々堂々と煙草が吸えることになった流は、迷わず火をつけて紫煙を吐き出す。
 本来なら、話し相手ができた時点で煙草は不要のもののはずだったが、彼はあえてそれを言わない。要は眠気覚ましと喫煙を結び付けることで、葵に一種の固定概念を植え付けているのだ。
「そういえばさ、全然聞いてなかったんだけど遥の弟――凛々ってどんな感じだったの?」
 代わり映えのしない田舎道を見ながら、美青年はさも興味なさげな声で話しかける。
「ああ、凛々様かね。それなら君も見た通りのお方だったと思うが」
「あんなの見たうちに入らないよ」
 確かに声をかけられて会話の一つはしたものの、あれだけでは何とも言えない。葵の瞳は硝子越しに映る男を見ると、検討違いな答えにさも大袈裟な息をついた。
「ふむ。君がそう言うのであれば教えようかね。あの方はとても純粋で優しい心の持ち主だったよ」
 男はその時の様子を思い出すように穏やかな口調で語り出す。
「私の言うことをまるで疑わず、最後まで信用してくださった。騙しているこちらが罪悪感を感じるほどにね」


[*←||→#]

21/25ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!