THE MASTERMIND [

「あくまでも私は仕事をしているのだよ。それを考えれば互いの共通点を利用し、自分の弟をだしにすることも厭わない。君達には戦利品となった仲間、ないし恋人を取り戻すために死ぬまで戦ってもらう」
 また何か怒声をあげて男を罵るのかと思いきや、長い金髪を携えた青年は激情に駆られたまま顔を歪めた。反論する言葉を考えるよりも、まだ言ってることを理解するほうに時間を要しているのかもしれない。
 急に大人しくなった庚を見て、流は不敵な笑みを浮かべる。今はベッドで眠る弟が次に目を覚ました時、誰の腕の中にいるのか――それを思い描いて。
「明朝、クロスロードの丘で待っている。君達が戦いを拒否するなら悠には死んでもらう。念を押しておくが、私は弟を手にかけることも躊躇わない非情な男だということをお忘れなきよう……」
 このことに対して一言の返事も返さない庚は、今できるせめてもの抵抗に睨みを効かせることで非難した。
 それもそうだろう。散々、弟を庇護する素振りを見せながら殺すことは躊躇わないと言うのだ。言ってることの矛盾はもとより、人として欠落した感情には激しい嫌悪を抱く。
 しかし、どう考えてもこの不利な状況から一転する望みはない。選択権まで奪われてしまってはもう、言いなりになる他ないのだ。
「では我々はこれで失礼するよ。中途半端が嫌いな私のためにも灰二殿を葬ってくれることを期待している。行くよ、葵」
 ベッドで静かに眠る悠を抱き抱え、流はパートナーに声をかけると何事もなかったかのように部屋を出る。続いて終始無言だった葵が、ゆっくり壁に預けた背を起こして部屋を出ていく。
 身体はまだ動かない。
 もちろん部屋を出てすぐに術を解くほど敵も馬鹿ではないだろう。今追われて反撃されたら元も子もなくなってしまうのだから。
「――くそ!」
 一人残された部屋に苛立ちと焦りの声が響く。
 日中に続けて起きたこの失態は、庚のプライドを大いに傷つけた。だが今回の救いは現場に凛々がいなかったことだろう。それだけは本当に感謝すべき事実だ。
 それでもこれから先どのような判断で――否、自分が何をすべきかはわかっているが――動けばいいのかは悩みどころだ。己の考えを優勢して動いたことにより、命を落としかねない失態を招いたのはまだ新しい記憶。それを忘れて敵陣に突っ込んでいけるほど彼の性格は軽くない。
 沈思の時間に没頭し、どう考えても同じ答えにしか行き着かないことに庚は唇を噛む。
 やはり踊らされているとわかっていながらも踊るしかない。そう結論を出したところで、苦渋に満ちた顔を持ち上げるとどこからか若い女の悲鳴が聞こえてきた。
「――まさかあいつら!」
 今すぐ駆け出したい衝動に駆られながらも、動かない身体ではどうすることもできない。
 やや間をおいてあがる悲鳴は二人が部屋を出たのとタイミングが合いすぎる。おそらく犯人はあの二人であろう。強いて言うならば、黒髪赤眼の吸血鬼――悠の兄と言った流の仕業である可能性が高い。
 だからこれは庚に対してのみせしめであり最後の警告であるのだ。選択の余地はないことと、自分達が本気であるということの。
「はっ……最悪だな」
 何がどうあっても明日は弟と剣を交えなければいけない。この事実に庚は、自分でも知らないうちに渇いた笑みを浮かべ、己を嘲笑していた。


 人間とは動物世界の中で最も弱い生き物だ。にも関わらず、武器を手にすると恐ろしい力を発揮する。
 自然の摂理を破壊して全ての支配者となり、弱肉強食の世界を外側から見物する傍観者となった人間。でもその地位を脅かす存在が一つだけある。
 それは同じ“人”でありながら桁違いの力を持つ悪魔種族の存在だ。
 彼らに共通して言えることは、人間の何かしらを糧として生きていること。その事実こそが人間に恐怖を与えているのは言うまでもない。
 もちろんこの男も例外ではなく、吸血鬼と呼ばれる結えん、人間の血がないと生きていけない。
 本人にその気がなくとも、遭遇した途端に化け物と罵られて襲われることも珍しくない。まぁ、大半は返り討ちにしてしまうのだがそれは不本意なことだ。
 そして今もまた、それと同じ境遇に遭っているのが長い黒髪を持った長身の男――流である。
「さて、どうしたものかね」
 一室を出て通路の角を曲がったところでばったり出会った一人の女性。
 この宿の宿泊者であることは間違いない。緩く着たバスローブの襟元から零れんばかりの胸が覗いているが、顔は何か見てはいけないものを見てしまったかのように硬直している。
「胸に見とれて鼻血出す前に行くよ!」
 ややヒステリックな声で金髪の青年が言うと先を歩きだす。同僚で仕事のパートナーでもある葵は、流に強い嫌悪感を抱いたのか、見る目が明らかに侮蔑の眼差しに変わっている。
「でも挨拶くらいは許されるだろう?」
「……あのねぇ!」


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