THE MASTERMIND Y

 銃口を向けられた男は、焦りや驚きなど微塵も見せず暢気な口調で喋る。銃などという代物は通用しないと言いたげな視線で。
 その後に赤眼が捉えたのは青ざめつつある悠。いまだ硬直して動けないでいるのは、相手が人間ではないから――という理由だけではなさそうだ。
「君は少し夜風に当たりすぎたのではないのかね? 顔色が悪い。窓を閉めよう」
 紳士的な口調で悠を気遣う男は銃口がいまだ向けられているにも関わらず、平然とした態度で窓へ歩み寄る。もちろんここで撃たれても文句は言えないだろう。だが意外にも、庚の銃口から白煙が上がることはなかった。
「……撃たないのかね?」
 まるで撃ち抜くチャンスを与えてやったと言わんばかりの言い草。または挑発とも取れる言葉にも返事がない。
 開ききった窓を閉めた男はこちらに銃を向けている青年に向き合うと小さく息を吐いた。
「賢明な判断だよ、庚殿。暫くそのままで話を聞いておいてくれたまえ」
 意味ありげな含み笑いを浮かべ今一人の相方――腕組みをして退屈そうに壁へ寄りかっている金髪の青年に視線をやると、男はゆっくり立ち位置を変えながら話を始める。
「さて、簡単に自己紹介をさせてもらうよ。私の名前は流といって、あるお方に従事する聖帝騎士団メンバーの一人だ。そして彼は私の同僚でパートナーの葵。今日ここに来たのは、二人に急ぎの頼み事があってのことなのだが、順番を踏まずにこのようなことになってしまったことは詫びるよ」
 そう言う赤眼の男――流は懐から小型の銃を取り出すと悠の手にそれを握らせた。
「庚殿。先に忠告をしておくが身体が自由になっても発砲はよしたほうがいい。君が少しでもおかしな真似をしたら、彼は自分の脳髄を撒き散らすことになる。いいね?」
 そう言うと赤眼は同僚である葵に目配せする。それと同時に先程から微動たりしなかった庚は、身体の自由を取り戻したかのように後ろを振り返り、銃口の照準を定め直して顔を強張らせた。
「何をしている、悠!?」
 視界に入った奇妙な光景にはこの質問が一番あっているだろう。引き金に指をかけ、なおかつ自分のこめかみに銃口をあてている仲間の姿があるのだから。
「身体が勝手に……」
 恐怖に怯えるように、青ざめたままの悠は翠緑の瞳を捉える。自分に何が起きているのか把握できていない――むしろその逆かもしれない。
 とにかく今は、状況的にどう転んでもまずいことに変わりない。それは庚でも理解できただろう。
「姑息な手段ばかり使って、これがお前達のやり口か。最低だな」
「おや、殺生はしないと言った私を撃ち殺そうとしたのはどこの誰だね? あの時、君の動きを止めなければ私は死んでいた。今もまた然り。こうでもしなければまともに話は聞いてもらえない。違うかね?」
「吸血鬼が偉そうに言うな」
 こんな時だからこそ冷静に――さっき身に起きた身体の自由が効かなくなったことは紛れもない事実。今度は悠が同じ目に遭っているのだ。ここは大人しく言うことを聞いたほうがよいと判断してか、庚は初めて銃口を下に向けた。
「早く用件を言え。場合によっては応じるが期待はするなよ」
 むしろ応じるつもりはなかったが、この状況で仲間を救うには時間が必要だ。まだ相手が何者かもどんな力を使っているのかもわからない。唯一わかるのは、黒髪赤眼の青年が世間一般で吸血鬼と呼ばれる悪魔であることと、壁に寄り掛かる麗しい金髪の青年が人間であること。それと、どちらかが妙な魔術を使うこと――それだけ。
 こんな状態では間違いなく殺されてしまうだろう。それに相手が人間二人ならまだしも一人は悪魔。世界最強の生き物と呼ばれ、弱肉強食のトップに君臨するその力は人間にとって恐怖を与える。一般人がこの状況に陥ったら、錯乱状態になるかしてとっくに殺されていただろう。
「庚殿、君は本当に賢いよ。だから気が変わらないうちに本題へ入るとしよう。単刀直入に言うが、私は君を殺す段取りをしろと命を受けている。君の弟を刺客にしてね。だが、いくら兄弟を対峙させても互いに殺すまでの理由はないはず……おや? 早くも気分を害したようだね。葵、庚殿をもう一度止めてくれないか。これでは話が出来ない」
 壁際で腕組みをしている青年――葵はいまさら話しかけられたことに対して露骨に嫌そうな表情を向けた。再び銃を向けられた相方に自分でどうにかしろと目で訴えている。でもこれが己の役目と察したのか、微かに左の人差し指が動く。
「――!」
 そして異変は直後に起こった。
 明らかに自分の意思とは関係ない動きで銃を落とした庚は、足で武器を蹴り飛ばすと床に膝をつく。
 さっきは引金を引く前に身体の自由が効かなくなり、今度は勝手に身体が動く。この不可解な現象は青年にとって理解しがたいとこのようだ。


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