THE MASTERMIND U

 霞一つかからない月が夜空に浮かび、辺りは静寂そのものだった。昼間の天気と同様、夜空には豪奢な宝石のように星が一面取り巻いている。
「綺麗だね」
 夜空を見上げ微笑むのは、桜色の髪を夜風になびかせる青年だ。年齢を知らない者がその姿を見たら、少年とも勘違いされかねない背丈は、育ちのよい女性と同じくらいの身長しかない。
「ねぇ黒龍(こくりゅう)、幻想界に夜はある?」
 柔らかな笑みを浮かべる青年の隣に佇むのは、軽く頭一つ分は差のある、長身の男だった。
 黒龍と呼ばれた青年は、闇にも似た出で立ちで、ブラックパールに輝く瞳を細めて一面の星空に視線を配らせると、その唇を動かした。
「幻想界は常に白夜。昼でも夜でもない世界だ」
 言葉には一切の感情はこもってはいなかった。表情すら変わらないで喋る口調は機械のそれと大して変わりはしないが、それでも押し殺した感情にはどこか人間らしい部分がある。
「幻想界はあまり綺麗な場所ではないな」
 幻想界という世界は、この現世で未練や恨みを強く残して死んでいった者が、新たな生命と身体を手に入れることができる世界。今一度、想いを遂げるためのチャンスをそこで与えられるのだ。
 そこを天国と呼ぶには理に反するし、想いを遂げれば与えられた肉体と精神は浄化され、本来の死を迎える。
 輪廻の一角にしか過ぎない生命のサイクルに、少しの猶予期間が設けられたようなものだ。
 その猶予期間を与えられた者は召喚獣と呼ばれ、特殊な力を与えられた後、幻想界と現世を自由に行き来し人間または悪魔達に力を貸す。
 黒龍もまた、その召喚獣の一人だった。
「マスター凛々(りり)、詮索もいいが早く命を遂行しないと待ち人がいるだろう?」
 頭一個分下にあるマスターを見下ろす黒龍は、催促するように昼間の約束を促しながら、凛々と二人で歩いてきた草原を見渡す。
「うん、そうだね」
 ふと、思い出したかのように生真面目な表情になりながら、凛々もこの広大に広がる草原を眺め、深い息を吐き出した。
「黒龍、大丈夫かな?」
「危険だったら私が全力で制する。案ずるな」
「……うん」
 日中、敵と交戦した後に敵から貰ったもの――掌に収まる魔石に封じられた召喚獣をこれから召喚しようとしていた凛々は、とてつもない不安にかられていた。
 この世界のどこに、敵に有利になるようなものを与える者がいるだろうか?
 それを考えれば凛々が不安になるのもおかしくはない。
「大丈夫。きっと大丈夫……」
 自分に言い聞かせるように薄い桜色の唇を動かした凛々は、だだっ広い草原を歩みだした。
 黒龍を背に幾メートルの距離をとり、そこへ魔石を静かに置くと元の場所へと戻ってくる。
 そして大きく深呼吸をして、再度、言葉は紡がれた。
「我は汝を解放、幾許の願いを叶えし者。汝の力、心中、我に与えし者、ここに召喚――ソウル解放!」
 言葉に反応するように、穏やかに吹き付ける風は強くなり、草原のざわめきがより一層大きく響き渡る。それと共に、魔石を置いた周辺の地面は妙に青白い光が輝き、サークルを描くように大きな円形が現れる。光がより輝いた時――それは現れた。
 ボンヤリと霞がかった先に見えるうっすらとした人のシルエット。
「……君は?」
 青年がうっすらとした姿に声をかける。が、その人物は聞こえているのかいないのか返事がない。
 動く様子も見受けられず、凛々は困ったように立ち尽くし、側にいた黒龍も沈黙を守った。
 やや暫くあり、周りを取り囲む霧が徐々に晴れ、ぼんやりした姿がはっきりと見え始めたころ、再度、声をかけてみる。
「君は?」
 問いかけた言葉の返事はまるで返ってこなかったが、その人物は確かに言葉を発した。
「我を目覚めさせたのはお前か?」
 質問を質問で返し、召喚獣である男は半透明な姿を晒す。
 どすの効いたハスキーボイスで凛々に向かって吠えるのは、いきなり封印を解かれ、この世界に召喚されたためだろう。
 人で言えば、寝ていたのを叩き起こされたのと同然の行為に機嫌が悪くなるのも仕方がない。
「そうだよ。急に起こしてごめんね。僕の名前は凛々。君の名前も教えてくれないかな?」
 男の声に怯まず、凛々は建前として名を尋ねる。
 召喚獣と言えども、元々は人間だった身。性格も生前を受け継ぎ様々なタイプが存在するが、礼儀を弁えずいきなり力を貸してくれと言われても、首を縦に振る者はまずいないだろう。


[*←||→#]

6/25ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!