序章 U

「あぁ。俺は今、玩具を野放しにしたせいで酷く退屈している。何か楽しくなるようなことをしてくれ」
 短い時間に行われた取引は、すぐにでも実行に移されるだろう。
「仰せのままに。明日、早朝までには退屈を凌げるショーをご用意致しましょう」
 長い黒髪を引く青年の言葉を最後に、闇の中へ消える二人。その姿を追うことなくこの場を立ち去る遥は、ふと暗闇に浮かぶ星々に目を走らせる。
 光は何万、何億光年の距離を越えてこの地上に降り注ぐ。その輝きを眺める遥の目には、いつもと違う哀愁というものが漂っていた。
「俺の運命もまた、この星と同じく滅びゆくか……それまでに必ず手に入れるぞ、凛々」
 微笑む顔は既にいつもと変わらない表情で、見る者をゾッとさせる恐ろしい雰囲気に、真夜中の生き物すら息を潜めるほどだった。


 一方、君主の命を受けた流と葵は、遥の言う死体の山場へと降り立っていた。
 日中とは違う、静けさだけが耳を打つこの場所に、二人はそれぞれ訝しげな顔で立ち尽くす。
「凄い邪念だな」
 血の戦慄に逃げ惑った、何の罪もない街の人々は、理由もわからないまま殺され、霊魂は死んだ身体について行けずにこの場で彷徨っている。その霊魂と身体を片付けることが、二人に下ったオーダーのうちの一つだ。
「流、魔術師である君の魔力の糧……沢山だよ?」
 ニヤリと横目で笑う美貌を尻目に、魔術師と呼ばれた流は一歩一歩、自分の歩幅を確認しながら巨大な円形を土に描いていた。
「ん? 霊魂ごときにそんなサークルを使うだなんて、君も物好きになったものだね」
 真っ暗な暗に、喪服のような黒い服を纏い、更に黒い髪をなびかせながら一周を終えた魔術師に野次が飛ぶ。言った本人はそれを嫌味というのを知ってか知らずか、毒々しい笑みを浮かべて見つめている。
「いや、先程のお詫びのつもりさ」
 普段の彼からして、らしくない苦笑いは今日、葵が一緒にいた中で一番人間らしい感情の現れだった。
「で、何をするつもりなのさ?」
 詫びを含む言葉に大した反応も見せない美男子は、いまだ何をするかわからない相手を見て無表情となる。
「死体十三体で出来る魔術はほんの一瞬。よく目を凝らしてご覧あれ」
 麗しい青年の質問を軽くかわした流は指を弾く。それと同時に、何かが弾ける音が連呼し、足で描いたサークルがうっすらと輝き始める。
 そんなサークルに目もくれず煙草へ火をつけた流は、自分の魔術の完璧さに煙を吐き出しながら笑った。
 暗闇に慣れた目に、輝き始めたサークルの明かりで目が眩んだ葵は、顔を伏せてその光を遮る。しかし、思い出したかのように腕の中で鳴く黒猫に顔をあげた時、目の前は全く想像もつかない景色へと変貌を遂げていた。
「……すごい」
 どこをどうやったらこんなものが造れるのか――魔術師である流だからこそ成せる芸に、青年は感嘆の声を洩らした。
 サークルに添って育て上げられた薔薇は、高さ五メートルほどにも成長し、真紅の華を咲かせ佇んでいる。
「気に入ってもらって何より。さて、遺体も片付けたことだし……ん?」
 いつまでたっても、子供のように好奇の目で見つめている葵は、まるで話など聞いていない様子。
 流と同じ喪服めいた黒服に添えられた、輝かしい金髪に海より深いダークブルーの瞳は、人の子のようにあどけない笑みを浮かべている。
「……魂を種に、骨を苗床にして死肉を肥料に、血を華に替えたのさ」
「それでも、綺麗な物は綺麗さ」
 ふと目を逸らした葵は、この上ない極上に蕩ける笑みで魔術師を見やり、その場を離れた。
 やっと機嫌を直したかと、内心安堵の溜息をついた流は、吸っていた煙草をサークルへ投じ見事な魔術にフィナーレを飾る。
「ねぇ、ところで流。魂を種にって言ったよね?」
「そうだが、何か?」
 サークル全体に火が回ったところで、勢いよく燃えだした薔薇は青く発光し、重力に相反するように光の粒となって天に登り始める。
「自分の糧を燃やしちゃってどうするわけ?」
「あぁ、そのことか?」
 さして気にもとめない様子で、光の粒となった魂を眺める血色の瞳は、燃え盛る炎の側へ歩み寄る。思量深い彼は、間違っても自分の主食であり、魔力の源である霊魂を浄化させる気はなかった。
「いくら君のご機嫌取りをしたとしても、私は目の前にある糧を無駄にはしないよ」
 燃え続ける炎に手を添えると、今度はそこからたちまち炎が消えていく。本当のフィナーレに、葵は拍手すらしかねない状態でこの有様に目を見張る。
 円形のサークルの周りだけ燃えた跡を残し、それ以外は何の面影も残さない中、サークルの中へと入った流はパチンと一回だけ指を鳴らす。


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