終章

「何がありました?」
 コンクリートの瓦礫が続く中、凛々と気を取り戻した庚にかかった声は少し焦りの色が混じっていた。
「悠! どこ行ってたの!?」
 いつもの聞き慣れた声に振り返った桜色の髪の青年は、その姿を見て安堵しながらも蒼眼を見開いた。
「足、どうしたの?」
 凛々が視線を送る白いブーツには、おびただしい血がこびりついている。もちろんこれは先ほど笹葉と戦ったときに傷ついたものだ。それを説明しようとして、もう一人の仲間、庚を見て悠は、驚いた顔になった。
「庚、大丈夫ですか?」
 自分が聞かれたことはすっかり忘れたように、金髪の青年に歩み寄る悠はそこで膝を折る。
 意識はあるだろうが、翠緑の瞳は焦点が定まらないようで明後日の方向を向いている。それに腹部に残る血の痕も心配要因の一つだ。
 やはりこちらも、一騒動あったうえに深い傷を負わされたのだとわかると、悠の表情はなおさら暗くなった。
「……庚、もう大丈夫なの?」
 凛々の肩に頭を預けていた青年は、問い掛けに頷くと立ち上がった。
「まだ頭がくらくらするが大丈夫だ。悠、お前のところは何があった?」
 急に現実に帰ってきた庚は、長い髪を払いながら悠を見るが、そちらも随分と心配しているようで、立ち上がった青年に不安げな視線を送っている。
「俺は心配ない」
「……そうですか。ではまず、場所を変えましょう。ここで説明したいのは山々なんですが、事情がありまして。歩けますか?」
 頷いた庚を見て、青年は立ち上がった。
「凛々も行きましょう」
 いまだ、呆気に取られたように二人を眺めていた凛々は、声をかけれて立ち上がる。
「どこに行くの?」
「避難場所を確保する意味で、時間は早いですが宿を取ります」
 淡泊に答えた黒髪の青年を見て凛々は思った。
 今日は凄く厄日だと。
 家を出てすぐ、灰ニのことがどうとか、道に迷った揚げ句に敵襲だとか、とにかく忙しすぎた。それに見た目の外傷はないが、自分も相当疲れている。召喚獣を呼び出したことで消耗した精神が、休息を欲しているのだ。できるならば、今日はこのまま寝たいというのが本心。
「凛々も疲れたのでしょう?」
「え?」
 そんな露骨に疲れた顔をしていただろうかと、急に話を振られた凛々は首を傾げた。
「僕は何もしてないから大丈夫だけど……」
「また嘘を」
 微苦笑を浮かべた悠は、それ以上なにも言うことはなかった。洞察力の優れた青年は、凛々がどんな状態なのかを見抜いていたのだ。
 みんなを心配させまいとする桜色の髪の青年に、悠は優しい眼差しを送り、軽く肩を叩いた。
「では行きましょう」
 街の方角を向いた悠は足早に歩き出す。続けて二人も後を追うが、その表情に決して楽しいものはない。いたってシビアな状況に緊張感は解けることがなく、それは宿に着くまで続いた。
 こんな感じのことが、これからもずっと続いていくのかと思えば不安を隠せずにはいられない。
 遠くを見る瞳に沈み始めた太陽を映し、凛々は静かに溜め息をついた。
 旅はまだ始まったばかりだ。こんなことでいちいちくじけてもられまい。
 改めて気を入れ直し、青年は宿を目指した。



【FIN】


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