ただひたすらに、血を見たい――その衝動だけが、美咲の身体を動かそうとする。
「……くふっ! あははははっ!」
普段なら有り得ないおぞましい考えと妄想に、なぜか笑いが込み上げてくる。周りにいる人達は、さぞやこの人物に驚いたことだろう。
「……皆殺しにしてやる!」
理性を保つ糸がプツンと切れたようだった。
死の宣告を叫んだ美咲は、誰かも知らない通行人を捉えて、自分の手に収める。
狂人のような人物に無視を決め込んでいた若い男は、突然の出来事に驚き、口をパクパクさせているだけだ。
「……ふ、はははっ」
――血を見たい。
その衝動と欲求が、本当に行動へ移されるのはもう間もなくだった。
美咲には幸運というべきか、男の腰には、まさに斬って下さいと言わんばかりの刀が見え隠れしている。
不運にも護身用に持っていた刀で自分が斬られようとは、誰が思うだろうか?
ましてやただの殺人鬼ならともかく、ガーディアンとして修行を積み、剣を操る人物にだ。
「……ソれ、頂戴?」
もちろん刀を見逃さなかった美咲は、強引に男の腰からそれを引き抜き、あろうことか速攻で振りかざした。
「──ヒィィィ! あああああああ!」
刃こぼれ一つ見当たらない刀は鋭刃。
悲鳴と共に、ずさんに斬りつけた身体から勢いよく鮮血が吹き出す。右肩から左の腹へと斬られた男は絶命に近かった。
時おり不規則に痙攣を起こし、後ろへ倒れる男の返り血を浴び、美咲は顔を歪めて笑った。
甲高い女の悲鳴があがる。
一人の男の死を見て、周りはやっと狂人が狂人であることを確信して逃げ惑う。
「ククク……せいぜい逃げればいい! ははは、ハハハハハッ!」
一振りで刀の血を払うと、美咲は次いで、一番遠くまで逃げている女の前に立ちはだかる。その無駄のない動きと、多数いるターゲットの中、全部を取り逃がさないための思考だけは失われていなかった。
「死ねえぇぇっ!」
構えた刀で狙いの心臓を一気に貫き、そのまま180度回転させる。驚愕に見開かれた瞳は、抉られる自分の心臓に眉を潜め、声も出せぬまま血を吐き出し、美咲の顔へそれをふりかけた。
「……ふん」
死体となった女の身体を刀から投げ捨て、次の獲物に狙いを定めると、胴体から真っ二つに斬り離す。
この殺戮ゲームは、その場にいた全ての人間を斬り捨てるまで続けられた。
「あんたで最後」
血に濡れた服を身体に張り付け、斬れなくなったボロボロの刃を振り上げる。
辛うじて胴体から斬り離され、勢いよく飛んだ首は凄まじい形相のまま地面を転がっていく。そして頭がなくなった胴体は、噴水のように首から血を吹き出し、前のめりに倒れる。
「ふふ……ははは……アハハハハハ!」
身が捩れそうなくらい、この有り様がおかしく見える――その場に立ち尽くし、腹を抱えて笑う美咲の背後に、静かに迫る気配があった。
「──邪魔、するのォ?」
「!?」
どこまで察しがいいのか、美咲は背後に迫った人物を振り返る。
「ねェ? あんたなら、少しはァ……殺り合えるよネェ?」
その人物を見た美咲は、血糊の貼りついた顔でニッタリ笑い、刀の先を向けた。
「――ちっ」
刀を向けられた人物は、あっさり気づかれてしまったことに焦り、顔を歪めた。
今か今かと、殺人ゲームの行われてる最中に美咲を止めるチャンスを探りながらも、結局、近づく暇もなく惨殺を目の当たりにした。
後悔と判断力のなさに己を悔やみながら、詰められる間合いを広げようと後退した矢先、獣じみた声で叫ぶ美咲が、先手を取ろうと大きく一歩、踏み出してきた。
「堕チロ、ハイジィィィッッ!」
正気の沙汰ではなくとも、一度知った名前と顔は覚えている美咲に感心しながら、灰二は咄嗟で腰にある柄を握りしめた。
相手の刃は、一人二人を斬るだけで精一杯。血の付着も酷ければ、刃こぼれも相当なものだ。それを一度でも自分の剣で受け止めさえすれば、自然とその刃が折れるのは必然だ。
「来い、美咲!」
大きく振りかざされた刀は、頭を両断するかのように一直線に降ろされる。
一方、鞘から抜いた剣を真横一文字に構え、それに対抗。いや、既に勝算のあがっていた灰二は、刃こぼれした刀を素直に受け止める。
「──――!」
ぶつかり合う、刀と剣。
聴き馴れたいつもの音とは違う鈍い音が、美咲の耳元を掠め去る。改め、手中を見直す視線は、折れた刀を見て驚いたようだったが、その表情はすぐさま冷笑し、潔く武器を投げ捨てる。
顔にはびこった血糊を舐めてニッタリと笑うと、すかさず身体は灰二の懐へ飛び込んでいく。
「灰二ィ、本気に……なっテ?」
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